伊賀の奥

「伊賀の奥」は私の処女句集の名であり、「不治人」は私の仮名である。読んで判るだろうが、私はきわめて重度の障害者だ。そんな私の生きる糧にしているものが俳句である。伊賀の奥に隠遁してより三十二年が経とうとしている。不治の身になってより三十七年、なんと長い年月であろう。否それが、過ぎてしまえば凄く早く感じられるから不思議である。そんな私の存在をサイトとして誇示したい。
 
2009/04/19 21:38:15|その他
はや夏めく
 まだ四月も半ば過ぎである。それなのに山々は若葉の盛りであり、伊賀でも牡丹桜が咲き始めた。そして藤も咲き始めた。牡丹も今に咲きそうであり、蕾を大きくその先を艶っぽくしている。はや夏めく昨今である。今年は早いぞ、わが家の白藤も咲き出した。まだ山藤は咲かないが。「しらふじの里」というデイサービス施設を開設して頂いてより五年が過ぎようとしている。その記念に植えた藤がこんなに早く咲くのは初めてのことだ。俳句に関わっていて思うこと、歳時記は東京を基準にして作られていると誰かに聞いた。伊賀は寒い印象が強く、春の季語である躑躅(つつじ)と藤は、今までは五月の立夏の日より後に咲いたような気がする。
 
  地に落ちて噛み合ふ恋のつばくらめ
  山ざくら嶺はいちにち霧の雨 
  捨てし田と崩れし小屋と山ざくら 
  くちびるに耳に落花を感じたり 
  留守の家揺れて迎へむ雪やなぎ 
  人はみな気ままが好きや葱坊主 
  彼岸よりだれか呼びをり飛花の頃 
  猫の尾のふれてこぼるる小米花 
  風向きを変えし雨気や目借時 
  歯を病みて痩せたる猫や竹の秋 
  三昧の樒の花に見惚れたり 
  青空に風吹いてをり松の花 
  うたた寝の婆のそびらの花大根
  谷の口小暗き道に木苺咲く
  ゆふ風に敷藁匂ふ花いちご
  しら藤の淡き光を放ち咲く 
  赤ん坊の汗の額や藤の咲く  
 
  季節が確かに早く進んでいる。そんな気がしてならない。特に今年は。もう柿若葉も大きくなっている。筍、蕨も早く出ている。暖かいのは有り難いが、四季がはっきりしなくなるのは耐え難い。俳句を作っていると四季の変化に至極敏感になっている。少なくとも俳句に無関係な人より繊細な神経をもって季節と向かい合って生きているいるつもりである。







2009/04/12 16:26:51|その他
さくらさくら

  桜が咲いてより晴れの日が続いている。「四月になるというのに寒いな、花冷えやな」と言ってはいたが、二三日後には、「暑いなあ、もう夏みたいやな」と挨拶を交わす。これからは暑い暑いとぼやくのであろう。人間って勝手なものであり、気ままである。花散らしの雨風がなかったので今年の桜は随分長持ちをしたようだ。二三日前から山桜が咲きだして、芽吹く木々と競うようである。山桜があちらこちらに浮きだすように見えて、日々見ている山々、嶺々の美しさに心惹かれる昨今である。辛夷、木蓮、連翹、山茱萸、桃、李、ゆすら、蘇枋、木瓜、雪柳など次から次といろんな春の花が咲いてゆく。いろんな花を蝶や蜂となって巡りたくなる春盛りである。
 
 
  掲示板の時計新調さくら時
  愛想よき寺の女房さくらどき
  猫の毛の付きしままなる花衣
  水に映ゆ桜見てゐて眠くなる 
  生きることに疲れしごとき花疲れ
  満開の花に倦怠感つのる 
  鼻を打つ桜の一枝匂ひけり 
  咲きみちてひとひらちるをためらへり 
  蝶々より鳥よりうかれ花の人 
  枝引きて桜嗅がせてくれし人 
  髪束ね花見にはしやぐをんなかな 
  山寺へ登る道沿ひ花の雲
  花神立つさくら密なるところより
  地を滑る落花に影の生まれたり 
  ひとひらの花乗せ帰る車いす 
  てふひとつ羽打ちて桜ちりにけり
  さくら好き散るも吹雪くも空飛ぶも 
  杉ひのき間にうかぶ山ざくら 
  藍色の池に傾き山ざくら
  山ざくら早瀬挟んで山ざくら
  さきみちて岨の斜面の山ざくら 
 
  いろいろな花が咲いているが、なかなか俳句にするのは至難である。やはり難しいのは桜であろう。美しすぎて、華やかすぎて、派手すぎて私は花の句が苦手である。どちらかと言えば山ざくらの方が好きであり俳句にもなり易い気がする。今年も生きて桜を見るこが出来て感謝している。そして、今年ふと、満開の桜を見てさびしく悲しくなった。わけの解らぬ悲しさである。なぜだろう。これも加齢かな。







2009/04/03 0:03:10|その他
四月馬鹿
 四月に入ったが寒さは続いている。今頃の寒さを寒のもどりというのだろうか。人に聞かれると困ってしまう。伊賀の桜は二分ぐらいか、この寒さで蕾を赤らめたままじっと耐えている。一日は四月馬鹿、万愚節、エープリルフールであった。なんとか楽しい嘘をついてやろうと考えていたが、その日は受診日で忙しくて嘘どころではなかった。ところで、万愚節は「ばんぐせつ」である。長い間、「まんぐせつ」と思っていた。嘘をついても面白くない。毎年、嘘をつくより、嘘はつかれた方がいいと思う私である。  
 
  万愚節不気味に軋む車いす 
  吊るされて体重測定四月馬鹿  
  白を切ることが下手なり万愚節 
  四月馬鹿主治医と話す酒のこと 
  己には厳しく生きよと四月馬鹿   
 
  花冷と肩凝り癖の続くなり  
  花冷や伊賀はことさら底冷えす  
  花冷や車いすの捻子抜け落ちて   
  花冷や口尖らせて口応へ  
  花冷や介護料金上がります   
 
 この寒さももう長続きはしない。東京では桜が満開とか。伊賀の桜も明日から咲き進むであろう。今年も生きて桜を見ることができそうだ。その喜びは大きい。桜が好きとか嫌いではない。今年も見ることができたという安堵感を得たいのだ。 
 







2009/03/26 9:30:22|その他
三十七年目へ
 今日から37年目に入った私の障害者人生である。昭和四十八年三月二十五、午前三時、運命の自損事故発生、一瞬にして手足の自由を喪失した。ああ、以来今日までいろいろなことがあった。思えば長い36年、だが過ぎれば早かった36年。 こんなに長生きさせてもらってもいいのかな、当時は頚椎損傷の寿命は10年ぐらいと言われたものである。有難いことだ。感謝の気持ちが湧いて嬉しくなるが、過ぎて来た月日よりもこれからの月日を思うと不安に胸が苦しくなってくる。でも、健常者でも明日は解らないのだから、そう暗く落ち込むこともなかろう。未来形で前向きに生きていくことにしたい。
 
  春曙生きむと強く思ひたる
  朝の冷え花のつぼみの紅強む
  遠目には仄か赤らむ山ざくら
  春暁や二十歳の頃へ思ひ馳す
  花だより聞きてよりわれ何をせむ
  連翹の撓ひに今朝の安堵かな
  沈丁の匂ひに平穏よろこべり
  初花に会はむと母を連れ出しぬ
  ことごとくこちら見てゐる黄水仙  
 
  こういう主観の強い、観念的な句はあまり感心しないと思っている。しかし、これも俳句に変わりはない。自分が生きる証に俳句をしているなら、その日の感慨を句にするべきである。心の内を句にすればいいのであるが、それがなかなか人の心を打たないようだ。やはり、即物具象という俳句作法が最善と思うことにしている。







2009/03/22 20:07:23|その他
愚 感
                                            
 
  私は高校卒業後、公僕という語に心を動かされ、人の役に立ちたいとの思いから町役場に勤めた。育んでくれた地域の人々の役に立ちたいと若いころから思っていた。それは、幼い頃に自分が生後僅かでこの伊賀の地へ来たことを知リ得たことが原点になっていたのかもしれない。ところが、こんな身になり自分のことさえ出来なくなってから、よけいにその思いは強くなった。なぜならば人のお世話になるだけではなく、何か恩返しがしたいと無性に思うからである。だが、私などがそれを言うと、「わが事も全く出来ず、人の世話になっていながら何を偉そうに。偽善的な思い上がりもほどほどにしろ」と叱られ嘲笑されるだろう。しかし、人の世話になり生かされる自分であるからこそ、些細なことで恩返しをしたいと思うのである。今後ももっともっとお世話になりたいから。ふと昔読んだ釈迦の話を思い出す。地獄を歩いていた釈迦に、地獄に落ちた人々が「何か食べ物をくれ」と叫んだ。釈迦は大皿に食べ物を盛り、人々の前に置きこう言った。「食べても良いが、手掴みはいけない。この箸を使って食べよ」と。その箸は重くて長かった。釈迦が居なくなると人々は箸を持って食べ物を掴んでも口へ入れることが出来なかった。箸の下の方を持っても駄目、結局御馳走を前に食べることが全く出来なかった。人々が泣いていると、一人の老人が、箸で掴んだ食べ物を自分の口ではなく、目の前の人の口へ入れたのだ。食べさせてもらった人はもっと食べたいから食べ物を他人の口へ入れる。自分が食べようとしていたときには口に入らなかった食べ物が、人に食べさせることによって自分の口に入る。人を思いやることが、結局は自分に戻ってくることになるという話だ。私はこの話のように人に食べさせることすらできない。人の為に何かをすることは、所詮、自分への見返りを期待してのことと思われようが、見返りに相当することは普段から身に余るほど受けている私である。世話になる喜びを誰よりも感謝しているからこそ、何かの役に立てる喜びを得たいと素直に思うようになった。不自由無く、人の世話にならなくてもよい人には理解してもらえない情であるが、これからもこの気持ちを大事に育んで行きたい。私のこんな思いはただ愚感に他ならないのだろう。「人の役に立ちたいなどとおこがましいぞ、老いた母親に未だに世話ばかりかけているくせして」そんな声が聞こえてくる。ああ、母に私は何をどう恩返しすれば良いのでしょう。それを思うと胸苦しくなる。年々腰が曲がり、嵩が減ってゆく母の姿にふと涙が出そうになるのをこらえきれない己の加齢を思わずにはおられない。母の腰をあんなにも深く曲げたのは私の親不孝の重さだと痛感している。母よ!堪忍して欲しい。感謝、感謝、感謝と唱えるごとく呟く昨今である。  
 
  こんなコラムをある小さな機関紙に書いた。年をとったものだと悲しくなる。何か書けと言われて、母に日頃の感謝を書こうとおもったのである。素直な気持ちであり、年をとると恥ずかしさもマヒするのかもしれない。
 
  ものの芽に深くかがまり母おはす
  白き胸母に見えたり初つばめ
  屈まりて土が恋しと母の言ふ
  燕来て母の歩みを掠めたり
  居ねむりし母口あくや春ゆふべ  
 
  俳句で母を詠むと叱られることが多い、甘くなると指摘されるのだ。しかし。私はこれからも生きている限り母を詠んでいきたい。母への感謝と思っている。
 
  チーリップその名親指姫といふ
  酒欲しくなるや土筆の玉子閉ぢ 
  初つばめ女のピアス掠めとぶ
  ひと房の揺れを見せずにあせび満つ
 
  これらの句は今さっき作ったものである。今は便利になり、メールで写真を送ってくれることがある。「チューリップが咲きました、小さい品種ですがとても可愛いよ」と。チューリップよりあなたの心が可愛い。親指姫がまたいいではないか。ツバメが彼岸にやってきた。活発な女の弾むピアスをかすめるように飛ぶ。人に親しい鳥である。そして、彼女は私に親しい。馬酔木の花が満開、風が絶えてひと房とて動かない。静かで心癒される夕べであった。