伊賀の奥

「伊賀の奥」は私の処女句集の名であり、「不治人」は私の仮名である。読んで判るだろうが、私はきわめて重度の障害者だ。そんな私の生きる糧にしているものが俳句である。伊賀の奥に隠遁してより三十二年が経とうとしている。不治の身になってより三十七年、なんと長い年月であろう。否それが、過ぎてしまえば凄く早く感じられるから不思議である。そんな私の存在をサイトとして誇示したい。
 
2009/11/29 11:12:43|その他
小春日
 
  伊賀の時雨が好きだとよく書いている私であるが、この時期の小春日和も過ごしやすくて良い。小春日とか小六月とも言う。ところが今年はあまり小春日がなかった。師走に入ればもう小春日とは言わないと私は思っている。師走に入ってからの好天を冬日和、冬晴れ、冬麗(とうれい)、冬うららなどと言うのだろう。今年はこの時期雨が良く降る。雨も小春日のひとつではないかと思っている。春のような日和を言うわけで、冬らしくない春のような雨の日を「小春日の雨」と言っても良いのだろう。一茶に次の有名な句がある。「降る雨も小春也けり知恩院」一茶  今日はまた雨が降り出しそうな空模様である。そのため暖かく朝の冷えは少なかったが、どんよりとして気温が上がらず薄暗くて冷え冷えとしている窓外である。小春の雨を見て過ごすことにしょうと思っていたが、どうも小春の感じはしないようだ。窓から見える雑木の冬紅葉、霜が少ないから色はぼやけている。しかし、今年の黄葉は今年だけと思えば、生きて見られたと思えば、やっぱり一番美しいと思って見ている。
 
  沖縄の人に時雨のこと聞かる 
 
  凩に車いすの底磨かする 
 
  しぐるるや窓拭きて消す己が顔 
 
  冬構へしてゐる爺の耳疎し 
 
  粕汁をすすり世間に耳うとし  
 
  朝寝して昼寝して勤労感謝の日 
 
  干し柿に蝿ゐて勤労感謝の日 
 
  干し柿を揺さぶり飛べる冬の蝿 
 
  母死ねばどうなるわれやもがり笛 
 
  虚勢言ふ元気殺がれし北ならひ 
 
  冬麗の墓石にひびく笑ひ声
 
  無住寺の閉まることなき門龍の玉 
 
 朝の雨白くけぶるや花ひいらぎ
 
 小春日や湯宿へ不冶の友どちと 
 
 木枯や砂のつぶての道路鏡 
 
 一輪車朴の落葉をいちまい乗せ 
 
 水底の亀の被りし木の葉かな
 
 風唸る日の似合ふなり帰り花  
 
 帰り咲くたんぽぽ犬を引きとめむ 
 
 冬ぬくし婆にも恋の話など 
 
 小包が届きそうなる小春かな 
 
  今日はわが町のボランティア祭りとかで障害者の友だちは参加しているが、私は自分の勝手で休ませてもらった。偶に日曜日をボケッーとしてみたいと思ったのだ。日頃お世話になっているボランティアさんの祭りだけに、顔を出した方が良かったかもしれないと反省している。ゆっくり俳句でも作りたいと思うけれど、なかなか句にならず虚しくなる。散歩にも出ずに居るといよいよ苦になる。最近あることで落ち込んでいる私、だからと言って落ち込んだ句も出来ない。いよいよ深く落ち込んで行くのか。小春日の気分は全くない。
    いよよわが心しぐれてゆくか
    籠りゐてしぐれ聞くことも
山頭火のような破調の句が出来た。こんな日は早くザッーとしぐれて来て欲しいものだ。







2009/11/25 9:48:45|その他
根深汁
 
 先日、伊賀市上野のフレックスホテルにて、私の所属する「山繭」(宮田正和主宰)が創刊三十周年記念大会を開催した。出席者、来賓を含め百五十名の大会であった。私もその末席に加えて頂いて来た。同人として何も結社の役に立てませんが、まあ存在感を誇示するために参加したのです。しかし、自分で納得してのことですが、皆が「よく来てくれました、元気そうで何より。会えて良かった、嬉しい」と喜んでくれた。特に沖縄の方々が喜んでくれて何より嬉しく思った。五年毎に決まった数の俳句を会員が出して、「山繭選集」を発刊している。今回、「山繭創刊三十周年、通巻三百五十号祈念選集」が刊行された。次に掲載したのが私の十五句の中の二句である。
 
  生くること死ぬること秋深きこと
 
  鶏口と牛後語るや根深汁
 
  「何のことや、どういう思いや解らん。難しいこと言うて」と思われる句もあるかと思います。意見など聞かして欲しいです。山繭の色、淡い緑の一冊を残すことができたことに感謝している。閉会の辞を仰せ付かった私、「先生、おめでとうございます。今日の先生はいつもより一層輝いています。山繭の三十年は私の俳句の歴史です。山繭に育てられてきたのだ。不肖の弟子、何もお役に立てませんが、先生のご健勝を誰より祈念したいです」と、ぎこちなく閉会の辞を。先生が輝いていると言うと、一同大笑い。先生は昔から禿げておられる。三重県の金子兜太と言われているのだ。そんな師の息災を願う日、付き添ってくれた母の長寿を願う日だった。大勢の人々と会うことが出来て嬉しい日、生きて居る実感、俳句に関わって居て良かったと改めて感じる日でした。
 母の炊いてくれた熱い根深汁を啜りながら私の三十年を思い起こし、何年かは決して解らないこれからを思うことにしたい。俳句の世界では牛後になりがちであり、もうそうなっているだろう。しかし、どこへも自由に行けない私には鶏口と思われる俳句の姿勢を貫いて行きたい。せめて気持ちはそうありたい。死を考えてみたり、将来のことを思ってみたり、気分は落ち込んでばかりだ。







2009/11/17 23:39:53|その他
時雨
 
  今日は一日雨が降った。寒くて薄暗くて気分が重くなった。時雨の季節になった伊賀ではあるが、今日の雨は時雨ではなかったようだ。芭蕉は時雨を好んだ。時雨の風情を良とし、時雨に己の生き様、人生を重ね合わせていたようだ。時雨というのは、「ああ、しぐれて来たわ、洗濯物を入れなけりゃ、まあすぐ止むやろうけれど」などという会話が聞こえてくるような雨。シビシビ、といった感じの雨、小糠雨や霧雨を「時雨」だと思っている人が多くおられるだろうと思われる。しかし、時雨は一時的に降ったり止んだりする雨のことで、ザーと降ってはまた晴れ、また降りだす。当然洗濯物は濡てしまうだろう。「初時雨猿も小蓑を欲しげなり」の猿はずぶ濡れで、芭蕉は猿が蓑を欲しがっているようだと思ったのだ。一時的にしろ、ある程度まとまった量の雨を言うのだと私は知った。今日の雨はしぐれの風情がなかったが、なぜか時雨のことを思う一日であった。芭蕉が伊賀の峠を越えるとき時雨に遭った。濡れた猿を哀れで可哀想に思う反面、濡れる自分を辛いとは思わずに、自分には相応しい時雨だと思った。漂泊の旅人である自分には「おあつらえむき」の時雨であると思ったのであった。なんとなく解る気がする私である。
 
  初しぐれ犬の首輪の黒づめり
 
  初時雨よぎりて犬の迷ひ来し
 
  もの思ひにふけて聞きをり小夜時雨
 
  棒煙折れて時雨の来たりけり
 
  しぐれたる後の日差しへ車いす
 
  前山の裏は時雨と魚売り
 
  しぐれ空見上ぐる君のほつれ毛よ
 
  いづかたより来し時雨とぞ見てゐたり
 
  しぐるるや猫叱られて駆け出せる
 
  しぐるるや白き腹照る陶狸
 
  いくたびも問はれてゐたり時雨寒
 
  どの雲が落してゆくや夕時雨
 
  煤けたる伊賀の時雨の過ぎにけり
 
  椎茸と柿を吊るして時雨をり
 
  時雨るるや母にふえたる物忘れ
 
  車いすしぐるる雲に追はれたり
 
  時雨寒つのり訃報のとどきけり
 
  しぐれ寒かめ虫の飛ぶ鈍き音
 
  仰向けに人は逝くなり時雨けり
 







2009/11/11 21:49:19|その他
恩返し
 
 十一月に入ってより、アッと言う間に日が経ってしまった。五日は小学校六年生に俳句指導に、三日の文化の日には地元の紅葉祭りに参加、七日はわが町のしぐれ忌俳句大会に参加、十日には小学校二年生に俳句指導に行って来ました。子供たちと俳句を作りながら、至福の時を過ごす私、これが自分にできる唯一の恩返しだと常々思っている。二年生の子に会うと「あー、車いすの北村さんや、去年も俳句教えてもらったな」などと口々に声を掛けてくれた。私はすっかり忘れていたが、子供たちは覚えてくれていたようだ。子供は素直でいい、「先生これ何」といろいろ聞いてくる。教えてもらったらすぐ俳句を作って見せに来る。今回、私の他に二人の女の人が来てくれており、何かと教えてやってくれていた。私はその昔、徳川家康の伊賀越えで家康をかくまったと言われる寺、徳永寺の前で昔に心を遊ばせていた。一時間余りを子供たちは句作りに励んだ。昨年は五七五にすることが出来ない子がちゃんと定型にすることが出来ていた。見つけたからす瓜を首にぶら下げ喜ぶ子の句を紹介しておく。「からすうり首にぶらさげ句つくる」柘植の小学校では毎年十一月の半ばに「芭蕉祭」を行っている。芭蕉さん、芭蕉さんと「さん」付けで芭蕉を呼ぶ子供たち、全校生徒が一句ずつ短冊に書いて展示するのです。私が、一学年に特選一句と入選五句を選ばしてもらう。なかなか難しい作業ですが楽しく充実した心の安らぐ時です。
 
  柿食へばまたひとつ齢加へたる 
 
  大伽藍の甍の反りや柿の秋 
 
  滝山は紅葉の冷えの雨模様 
 
  滝山より吹き下ろしたり秋の風 
 
  団子虫死に転げたり冬の土間 
 
  石蹴つて少年谷に冬呼べり 
 
  夜雨溜めてをり十一月の一輪車
 
  柿を剝く卒寿の包丁さばきかな 
 
  旅立の神のあとゆく車いす 
 
  神の旅煤けすずめと見送りぬ
 
  しぐれ忌やほむら真紅の畑燻べ 
 
  しぐれ忌を覗いてゐたりそぞろ神
 
  をなもみを手種に女翁寺へ 
 
  水洟を加齢加齢とすすりをり 
 
  冬蠅の鼻にくるなり仏の間 
 
  片脚の折れてゐるなり冬いなご 
 
  なんとのう句になりさうな枯芭蕉 
 
  伊賀谷に入り口三つや片しぐれ 
 
  牡丹焚く匂ひが髪につくといふ 
 
  しぐれ忌やくぬぎ楢山鳴り止まず 
 
  土ひかり草木ひかり翁の忌
 
  茶の花や嶺は翼を張るごく 
 
  家康をかくまひし寺の山もみぢ 
 
  車いすの跡付く冬の運動場
 
  小学校より見て冬の嶺むらさき
 
  煙草臭き校長室や石蕗日和
 
  校長室の窓叩く子と散り紅葉
 
  句作りに馳せる子供や草紅葉
 
  子がその名聞きに来るなり赤まんま
 
  からす瓜首に吊して遊ぶ子よ
 
  屈まりて子が葉牡丹の渦覗く  
 
 今日は月に一度の定期的受診に行って来た。新型インフルエンザの予防の注射の予約をしてもらおうとしたが、まだ全く目途がついていないと言われた。国の政策が遅れているらしい。報道とは随分食い違っているようだ。雨の一日、まとまった秋の雨、この湿り気が風邪の感染を少なくしてくれるような気がする。一緒に行ってくれたヘルパーさんと迎えの車を待つ間、いろいろなことを話した。そして、私の母への接し方に話が及んだとき、「お母さんを大事にせなあかん」と大いに諭された。言われることが胸に刺さり、反省することしきりであった。外出が何日も続いて俳句つくが出来なかった。しばらくはゆっくりと句作りをしたいと思っている。







2009/11/02 21:44:27|その他
秋惜しむ
 
  いよいよ十一月に入ってしまった。その途端に寒くなり、秋惜しむ感が強くなった私である。雨音に風音に、流れる雲に惜秋の情が溢れる。しかし、惜春のそれよりは弱い気がする。それは、やがて来る時雨の風情が好きであるからだろう。暦の上の冬にはまだ一週間あるというのに、今日の寒風、時雨はもうすっかり冬のようであった。誰もが「寒い、寒い」と呟いていた。伊賀にもインフルエンザが流行していて、私の隣の子も学校を休んでいるらしい。風邪の神の過ぎるのをじっと待つことしかないようだ。母も私も予防注射を今年はまだ接種していない。ここ十年ほどは、風邪らしい風邪をひいたことがない私ではあるが、今年は不安で仕方ない。自分より母が心配になる昨今だ。
 
  天高しかめ虫の飛ぶ音大き
 
  燻べ跡匂ふ畑すみ十月尽
 
  ひかり飛ぶもののひとつに草の絮
 
  車いすの錆に付きたる草虱 
 
  末枯れし野に海底のごとく石 
 
  戸を揺する夜風に秋を惜しみけり 
 
  ひつじ穂に寺は無住となりけり 
 
 大粒の雨に逝く秋思ふなり 
 
 誉めること上手な婆や柿紅葉 
 
 小蟹居る根方明るし柿紅葉 
 
 冬を待つ少年と犬走りけり 
 
 点眼薬に左右のありて冬近し
 
 こんなことで易く泣けるや秋深む 
 
 風神のそぞろに過ぎて零余子落つ 
 
 昼酒に酔うてくぐりし破芭蕉  
 
 屋根の草絮放ちたり後の月 
 
 灯火のいろに透けたり冬瓜汁 
 
 冬瓜汁すすりて人を恋ひにけり 
 
 柿赤し母の怒りの収まらず
 
 大往生なるがよろしや柿日和 
 
 小鳥来るころ軽き音の車いす 
 
 色鳥来母の機嫌のよくなりぬ    
 
  明日はわが町の「紅葉祭り」が開催される。年々紅葉は遅れており、わずかに雑木が黄葉しているだろうか。渓谷を抜ける風は恐らく強くて寒いだろうと思われる。周りの人が口々に、「温かくして行きや」と言ってくれたことが嬉しかった。投句してくれる人が多いことを願っている私である。