ショート・ショート 老人と海《九年後の影》
部屋は静かだった。風が伊賀の山々を越え、窓を叩く音だけが聞こえる。 七十五歳の老人は、机に向かっていた。彼の指は、かつて多くのレントゲンフィルムを掲げ、あるいは人々の凝り固まった筋肉をほぐしてきた指だ。今は、少し震えている。だが、その目はまだ死んでいない。
彼は、六十六歳の自分へ向けて、乾いた、それでいて重い言葉を書き連ねた。そこには感傷はない。ただ、海を渡りきった漁師が、これから沖へ出る六十六歳の若者に残す航海日誌のような、確かな事実だけがあった。
いいか、よく聞け。
お前は今、年齢という名の潮の流れに戸惑っている。母の老いや、迫りくる病の影に怯えている。だが、それは無意味だ。サメが来るのを待つ間、仕掛けた針のことを忘れる漁師はいない。目の前の事に集中しろ。
お前に三つのことだけを伝えておく。
一つ。「今、動くもの」を慈しめ。 七十五のお前は、もう重いブリキの玩具を箱から出すのにも骨が折れる。妻と並んで歩く速度も、今の半分になるだろう。だから、今お前が持っているその「自由な足」を、自分の一部だと思って大切にしろ。歩けるうちに、その地面の硬さを確かめておくんだ。
二つ。「言葉」を研ぎ澄ませ。 お前は物語を書いている。それはいい。だが、不幸を飾るために言葉を使うな。孤独は、単なる事実にすぎない。夜の海が暗いのと同じだ。それを「やるせない」と嘆くのではなく、その暗闇の中でどうやって帆を張るかだけを考えろ。短く、強い言葉で自分を律しろ。
三つ。「見返り」という名の錘(おもり)を捨てろ。 人に施した善意を覚えているのは、記憶の無駄遣いだ。海に餌を撒いたなら、それを魚が食ったかどうかをいちいち確認するな。お前が笑顔を贈ったのは、お前がそうしたかったからだ。それだけで完結している。見返りを求める心は、お前の船を沈める。
最後に。 お前の母も、お前の病も、すべては自然の掟だ。ライオンが獲物を狩るように、時はお前から多くのものを奪っていく。だが、お前の誇りだけは奪えない。 七十五歳の私は、今、静かな海にいる。嵐は過ぎた。 お前も、ただ、前を見て漕げ。
以上だ。 健闘を祈る。
老人はペンを置いた。 窓の外には、九年前と変わらぬ星空が広がっている。彼は、自分が書いた手紙を折り畳むと、それを心の中の最も深い引き出しに仕舞い込んだ。 夜はまだ深い。だが、彼はもう、明日の夜明けを恐れてはいなかった。
ペンを置いた老人は、少しだけ背筋を伸ばした。 海は凪いでいる。だが、七十五歳の彼にはわかっている。六十六歳の「自分」が今、暗い海域で必死に舵を握っていることを。
彼は再びペンを取り、さらに短く、骨太な言葉を刻んだ。
まだ聞きたいか。よかろう。だが、言葉は多すぎれば重荷になる。必要なものだけを積み込め。
「明日」を餌にするな お前はいつも「明日にしましょう」という言葉に逃げ場を求めている。だが、七十五のお前には「明日」という通貨の価値が今よりずっと低くなっている。今日、その手で触れられる温もりだけが本物だ。妻の手でも、ブリキの冷たさでもいい。今、この瞬間に握りしめろ。
「弱さ」を武装しろ 年老いることは、武器を一つずつ捨てていくことではない。弱くなっていく自分を、そのまま受け入れる強さを持つことだ。震える手で書いた文字には、力強い筆跡にはない「真実」が宿る。衰えを隠すな。それを表現の一部にしろ。
「孤独」という名の書斎を持て 一人は寂しいことではない。誰にも邪魔されない自分だけの聖域だ。家族の中にいても、施設の中にいても、心の中に一冊のノートがあればお前は自由だ。そこではお前が王であり、作家であり、子供でいられる。その書斎を、今のうちに整えておけ。
「いいなあ」を口癖にしろ 「悪いなあ」や「すみません」はもう十分言ってきた。これからは、他人の幸せや、窓の外の景色に対して「いいなあ」と言え。その言葉は、お前の乾いた心に、わずかな湿り気をもたらしてくれる。
いいか。 お前が今、何を感じ、何を恐れていようと、私はここで待っている。 お前が歩んできた道は、たとえ石ころだらけでも、私が立っているこの場所に繋がっている。 だから、一歩を惜しむな。
海は広い。だが、お前の船はまだ沈んでいない。
老人は書き終えると、満足げに微笑んだ。 それは、厳しい冬を越えた者だけが持つ、静かな微笑みだった。