トロッコの先の三つの人生
懸命な捜索で大人たちに連れ戻された二人は、当然のように別々の学校へと引き離されました。しかし、ダニエルの内気な殻はあの日、完全に壊れていました。
ダニエルは、学校の近くにある並木道で、決まった時間にチェロを練習する許可を得ました。実はその並木道の先には、メロディが通う女子校の散歩コースがあったのです。彼はビージーズの曲をクラシック調にアレンジして弾き続けました。メロディはその音色を聞くたびに、「私はここにいるよ」という合図として、フェンスの隙間に赤いリボンを結びつけました。
放課後、トムに手伝ってもらいながら、メロディの通う学校の裏門へ通い詰めました。彼が手渡したのは、愛の言葉ではなく、自分で五線譜に書き留めた「新しい旋律」のメモでした。
学校をドロップアウトしたトムは、ついにバイク(おんぼろのベスパ)を手に入れ、しばらくの間、二人の間の「郵便配達夫」になりました。彼は検閲を避けるため、ダニエルの手紙をチョコレートの包み紙に隠してメロディに届けました。トムはニヤリと笑って言いました。「お前らの甘い言葉のせいで、俺まで虫歯になりそうだぜ」。
季節は流れ、ダニエルは音楽の特待生として、メロディは保育士を目指す学生として、あの「秘密の墓場」で再会します。ダニエルはアルバイトで貯めたお金で、彼女に金魚の形をしたペンダントを贈りました。それは、あの日、映画で見た金魚の記憶を形にしたものでした。
二人はもう誰にも邪魔されずに会うことができるのです。
ロンドンの片隅に、弦楽器の修理を専門とする小さなお店がありました。ダニエルはそこで音楽を勉強しながら傷ついたバイオリンを直し、メロディは近所の子どもたちに歌を教えていました。メロディとダニエルはお店の屋根裏部屋を間借りしていたのです。そのお店には、あの日二人が漕いだトロッコの木の破片が、お守りのように飾られていました。
一方、トムは学校の窮屈な椅子に座るのをやめました。
学校を飛び出したトムは、ロンドンの路地裏にある自動車整備店に転がり込んだのです。
「ガキに何ができる」と鼻で笑う親方に、トムはスパナ1本で10年落ちのエンジンをたった10分で快音響かせ、黙らせてやったのです。
「いいか親方、理屈じゃねえんだ。機械にもハートがある。ダニエルみたいに理屈っぽい奴には直せねえが、俺にはわかるのさ」
またたく間に腕をあげ、彼は車の修理職人を終えて、船の修理職人になっていました。「どんなボロ船でも動かす天才」として港の間で有名になっていました。稼いだ金は、すべて「いつか海を渡るための軍資金」として、あのボロい貯金箱(新調したデカい奴だ!)にぶち込んでいました。
やがて、リバプールの港から商船に飛び乗り、軍資金を貯めるため世界中を旅する道を選びました。
商船の機械室では抜群の技能を発揮していました。ところが、ナイジェリアの港町で足止めを食らっていました。そこで彼は、行き場のない孤児たちが空き缶を叩いて音楽を奏でる姿を目にします。トムは、あの日学校の地下室でダニエルと爆弾を作った時の高揚感を思い出しました。「壊すんじゃなく、作るために力を使おう」。彼は船から古い打楽器を降ろし、子どもたちに配りました。青年たちには機械修理をトムのやり方で学ばせました。
トムが寄港するたびにダニエルたちの屋根裏部屋に届く絵葉書は、世界中のスタンプで埋め尽くされていました。「リオのカーニバルは最高だぞ、メロディにサンバを踊らせてやれ」「日本のチェリー・ブロッサム(桜)を見たか? あの草原の花の色によく似ていた」。
トムは二人の記念日には、必ず少し的外れで豪華な贈り物を送り続け、二人の平穏な生活を遠い海の上からずっと見守る「守護神」であり続けました。
リバプールに帰港したトムは、ついに自力で直した中古のヨットで再び世界の海に飛び出したのです。
船名は【Ocean Vanguard】。
目的地? そんなもん、風に聞いてくれ!
フランスでワインを飲みすぎて憲兵に追いかけられ、イタリアでは美人のピザ屋の娘にプロポーズされて命からがら逃げ出し、メキシコの村では壊れたトラクターを直して村の英雄になった。
「ダニエルの野郎、何してるかな? ま、あいつのことだ、メロディに鼻の下を伸ばしながら、どこかのリンゴの木の下で昼寝でもしてるんだろ」
トムは水平線を見つめながら、一通の手紙を書き留める。宛先は、かつて二人が教えてくれた「ロンドン郊外の屋根裏部屋」だ。
結局、トムが気に入ったのはオーストラリアの青い空だった。
「ここなら誰も俺を型にハメようとしない」
彼は港の近くに「トムのなんでも修理工場」を構えた。看板にはこう書いてある。
『動かないエンジンから、動かない恋の相談まで。ただし、大人お断り。』
トムは毎日、アロハシャツを着て、ヨットをいじりながら過ごしている。時々、地元の悪ガキたちが学校をサボって逃げ込んでくると、トムはこっそり特製の「煙幕弾」の作り方を教えてやるのだ。
「いいか坊主、逃げるなら徹底的に逃げろ。そして、守りたいものがあるなら、命がけで守れ。……俺の親友みたいにな」
ある日、ダニエルの家に、突然前触れもなく一人の男が現れました。
家に入ってきたのは真っ黒に日焼けしたトムです。腕まくりをしながら彼は、開口一番こう言いました。「おいダニエル。この家、地下室はあるか? また爆弾の作り方を教えてやるよ」。その冗談で、長い空白は一瞬で消え去りました。
奥から出てきたメロディは、トムの顔を見て、何も言わずに彼を抱きしめました。トムの服からは、潮の香りと、遠い異国のスパイスの香りがしました。
三人は、古いボロボロの車(トムが無理やり借りてきた真っ赤なクラシックカー)に乗り、あの平原へ向かいました。 今は住宅地が広がり、当時の線路はアスファルトの下です。しかし、トムは帆布かばんから一枚の「古い木の板」を取り出しました。それは、彼が、船の私室に持ち歩いていた、あのトロッコの車輪の一部でした。
夕暮れ時。ハイド・パークのベンチに座る三人。 ダニエルがチェロを奏で始めます。曲は "Melody Fair"。 メロディが優しく口ずさみ、トムが膝を叩いてリズムを取ります。
通り過ぎる老人たちは、ただの夕涼みだと思って見ています。 けれど、彼らの瞳の奥には、今も青空の下で泥だらけになりながら、大人たちの追っ手を振り切り、笑い声を上げてトロッコを漕ぐ、永遠の11歳の姿が輝いていました。
ダニエルの誠実さ、メロディの強さ、そしてトムの不器用な優しさ……。それぞれの人生が、あの日の「小さな恋」という種から、大きな木となって育っていった姿をイメージされます。