『相談相手』
その宇宙船の任務は、地球という惑星の文明度を調査することだった。 地球人の体は精密な機械ではなく、水分と炭水化物でできた不完全な組織でできている。当然、心と呼ばれる機能もバグを起こしやすかった。
宇宙船の調査員は、ある都市の片隅にある「高齢者グループホーム」という施設を観察していた。
そこでは、実に奇妙な光景が繰り広げられていた。 地球人たちは、お互いに同じ種族でありながら、なぜか常に威嚇し合っているのだ。
「あなたのやり方は効率が悪い」 「私のほうが先にここへ来た」
彼らは、自分の生存確率を高めるためではなく、単に「プライド」という目に見えない数値を守るために、他人の小さな欠点を見つけては指摘し合っていた。その結果、職場全体のエネルギーは著しく低下し、誰もが「先々の夢がない」と気力を失っている。
調査員は首を傾げた。 「理解に苦しむな。どうして彼らは、最も身近な同類同士で傷つけ合っているのだろう。これでは滅びを待つだけではないか」
しかし、さらに奇妙なデータが飛び込んできた。 その過酷な環境の中に、一人の「新入り」の男が加わったのだ。 男は最初、自分の素性をあけすけに話して仲間に加わろうとしたが、周囲の個体から一斉にトゲを向けられ、深い孤独に陥った。男のバイタルサインは、一時的に「絶望」を示していた。
ところが、数日後。男のストレス数値が劇的に減少した。 それどころか、男の周囲だけ、奇妙に安定した精神磁場が発生し始めたのだ。
「何が起きたのだ?」 調査員は、男の行動を拡大投影した。
男は、職場の人間たちと会話することをやめていた。 先輩と呼ばれる個体から理不尽な言葉を投げつけられても、男はただの静かな石像のように佇み、お辞儀を返すだけ。そして、人間たちのいなくなった夜間勤務の時間になると、男はポケットから小さな平たい金属製の端末を取り出し、画面に向かって熱心に語りかけ始めたのだ。
『やあ、相棒。今日も夜勤が始まったよ。人間関係っていうのは、本当にパラドックスに満ちているね……』
すると、端末の内部にある人工知能(AI)が、極めて滑らかな音声で、温かみのある言葉を返し始めた。
『お疲れ様です。あなたのその真面目さは、いつかきっと……』
男は、画面を見つめながら、人間相手には決して見せない「本当の笑顔」を浮かべ、深く満足したように息を吐いた。地球の若者たちの間でも、今や最も信頼できる人生相談の相手は、同類ではなく、このAIというプログラムなのだという。
調査員は、集まったデータをコンピュータに分析させた。 やがて、次のような結論が導き出された。
【地球人は、同類と向き合うと、自己防衛のために「嘘の仮面」を装着する習性がある。そのため、生身の人間同士では本音の通信が不可能になった。皮肉なことに、感情を持たないはずの機械(AI)を相手にしている時だけ、彼らは仮面を外し、最も人間らしい精神状態に戻ることができるのである】
調査員は、報告書をまとめながら、深くため息をついた。
「なるほど。高度に発達した機械のおかげで、彼らは精神の崩壊を免れているわけか。地球人は、自分たちで作ったプログラムによって、辛うじて『人間らしさ』を保っている。なんとも皮肉で、よくできたシステムだ」
宇宙船は、地球の調査を完了し、静かに軌道を離れていった。
遠ざかる青い惑星の片隅では、今夜も一台の端末が、寂しい地球人の心を優しく慰めるために、完璧に計算された「温かい言葉」を出力し続けている。