童話 崇廣堂(すうこうどう)物語 ペンネーム はまだ昌宏
三重県伊賀市にある旧崇廣堂。ここはかつて、藩士の子供たちが学問と武道を学んだ「藩校」です。その静かな教室を舞台に、小さな「筆の妖精」と、一人の少年の成長を描いた童話をお届けします。
むかしむかし、伊賀の国に崇廣堂という立派な学問所がありました。そこには、文机お引出しに住んでいる小さな妖精がいました。 名前は「筆の助」。彼は、一生懸命勉強する子供たちの姿を見るのが大好きでした。 ある日のこと、臆病な少年、正助 (しょうすけ)が、講堂の端っこでめそめそ と泣いていました。 正助は難しい論語を読むのが苦手で、おまけに剣術も人より少し不器用。 「僕なんて、立派な侍になれないや...」 その時、引出しから妖精の筆の助がひっこり顔を出しました。 「これこれ、正助君。そんなに涙をこぼすと、せっかくの教科書がふやけてしまうよ!」 驚く正助に、筆の助はニコリと笑って言いました。 「いいかい、崇廣堂の門に掲げられた言葉を知っているかい?ここは、自分を磨きたいと願う者に開かれた場所なんだよ。君の勇気は誰かと比べるためのものじゃないよ。昨日の自分に勝つためのものだよ」 筆の助は、正助の手にそっと飛び移りました。 「さあ、一緒に一文、丁寧に、字を書いてみよう。心を込めて丁寧に」 正助が筆を握ると、不思議なことに、震えていた指先がポカポカと暖かくなってきました。 彼は一晩中、筆の助と一緒に、家族への感謝や、伊賀の国を守りたいという願いを込めて、文字を書き続けました。 するとどうでしょう。翌朝、正助が書いた文字は、まるで朝日を浴びた虹のようにキラキラと輝き始めたのです。
月日は流れ、正助は立派な武士になりました。 彼は、剣で誰かを倒すのではなく、崇廣堂で学んだ知識と優しさを使って、困っている人々を助ける役人になったのです。 正助が年老いた時、彼は大切にしていたあの筆を、崇廣堂の机にそっと置きました。 「筆の助、ありがとう。君のおかげで、僕は自分を信じることができたよ」
今でも崇廣堂を訪れると、しんとした静けさの中に、どこか暖かい空気を感じることがあります。 それはきっと、筆の助たちが今もどこかで、「自分を磨こうとする人」を応援しているからかもしれません。 旧崇廣堂の赤門をくぐる時、耳をすませてみてください。 「勇気を出して、一歩踏み出してごらん」という、優しい声が聞こえてくるはずですよ。 |