ショート・ショート 理想の職場
国史跡の庭は、今日も掃き清められ、一分の隙もない。 そこへ、一台の高級車が止まった。降りてきたのは、仕立ての良いスーツに身を包んだ、恰幅の良い「本部責任者」だった。
彼は、並んで頭を下げる三人の管理者を、眩しそうに見つめた。 「素晴らしい。君たちの働きぶりは、本部の耳にも届いているよ。上下関係もなく、互いを思いやり、黙々と廊下を磨き、重い台を運ぶ。これこそが、私が夢に見た『理想の労働の姿』だ」
責任者は、女性管理者の手を取り、男性二人の肩を叩いて熱っぽく語った。 「君たちのような優秀なスタッフがいるからこそ、この歴史ある崇廣堂は守られている。私はね、いつか世界中の施設を、君たちのような平等の精神と献身で満たしたいと考えているんだ。争いも、不満も、サボタージュもない。そんな美しい未来を、君たちが体現してくれている」
三人は、いつものように穏やかで、完璧に調和のとれた微笑みを返した。 「もったいないお言葉です。私たちはただ、あるべき姿でいるだけですから」
責任者は満足げに頷き、ポケットから一通の封筒を取り出した。 「これは、本部からの特別ボーナスと、来季の契約更新書類だ。君たちには、これからも永久に、この場所の『顔』でいてほしい。頼んだよ」
責任者が去った後、管理人の一人が封筒を開けた。 中には、三枚の「契約書」と、三つの「小さな電子チップ」が入っていた。
「……さすが本部責任者だ。私たちのことを、本当によく分かっていらっしゃる」 一人が、自分のうなじにある小さなスロットに、新しいチップを差し込んだ。
「今回のアップデートの内容は……『未来への希望』プログラムですね。これを読み込むと、私たちは空腹も疲労も感じず、ただ『いつか世界が自分たちのようになる』という夢を見ながら、24時間、永遠に廊下を拭き続けたくなる」
「彼は本当に立派な指導者だ。人間を雇用するコストとリスクを最小限にするために、自分自身すらも『理想のリーダー』というプログラムに従って動く、最新型のアンドロイドなのだから」
三人は、チップによって強制的に供給される「幸福感」に浸りながら、再びブロアーを手にした。 その目は、人間よりもずっとキラキラと、未来の希望に輝いていた。
一方、車で帰路につく責任者もまた、バックミラーを見ながら満足げに微笑んでいた。 「完璧だ。あいつらが自分たちをアンドロイドだと思い込んでいる限り、本物の人間であることを隠して、あんな低コストで働かせ続けられる。……さて、私の『責任者プログラム』も、そろそろ再起動の時間かな」
彼は自分のこめかみを軽く叩き、機械的な正確さでハンドルを切った。 そこには、支配するものも、支配されるものも、等しく「プログラム」という檻の中で幸せに暮らす、完璧な社会の縮図があった。
「全員が自分を機械だと思い込んでいる人間」なのか、「人間だと思い込んでいる機械」なのか……。