街角ブリキのおもちゃ博物館 ティンズ・カフェ

ブリキのロボット、ロケット、クラッシックカーやシルバニアファミリー歴代ハウス等  ノスタルジックなソフトビニール人形、雑貨等その様子はまさにひっくりかえったおもちゃ箱。圧巻です。
 
2026/04/13 7:25:41|その他
​家族の絆と歩みを詠む短歌(解説付き) 4
  1. 亡き父へ 報告届かん 花吹雪 今日の母さん 喜んでいたと
    • ​【解説】空の上にいるお父様へのメッセージです。母の笑顔を伝え、家族の絆が今も続いていることを報告する温かな光景です。
  2. いつまでも 桜のように 咲き誇れ あなたの息子で 良かったと思う
    • ​【解説】母への真っ直ぐな感謝とエールです。どんな状況になっても、親子であることの幸せを噛みしめる、至高の敬愛を込めました。







2026/04/12 1:32:12|その他
​家族の絆と歩みを詠む短歌(解説付き) 3
  1. 老いという 坂をゆっくり 登る母 追い越さぬよう 後ろ歩まん
    • ​【解説】急がせることなく、母のペースに寄り添って歩む長男としての優しさ。一歩後ろから見守る覚悟を描いています。
  2. 散ったあと 芽吹く若葉の 輝きを 母の勇気に 重ねて見つむ
    • ​【解説】花が散ることを「終わり」とせず、次へ向かう準備とする。母のこれからの日々も、若葉のように輝かしいものであると信じています。







2026/04/11 6:47:49|その他
家族の絆と歩みを詠む短歌(解説付き) 2

家族の絆と歩みを詠む短歌(解説付き)

  1. 若き日の 父との写真 重ねつつ 今の母こそ 最も美し
    • ​【解説】昔の思い出も大切ですが、今、懸命に生きている母が一番素晴らしい。現在の家族の姿を肯定する、愛に満ちた一首です。
  2. 伊賀の街 家族で歩む この道に 変わらぬ花の 香りぞ残る
    • ​【解説】場所も花も変わりませんが、家族の形は少しずつ変わります。それでも変わらないのは、この道を共に歩んできた愛情の記憶です。
  3. 聞き取れぬ 言葉の代わりに 手を握る 伝わる体温 春の陽だまり
    • ​【解説】耳が遠くなった現実はあっても、握りしめた手の温かさが何よりも雄弁に愛を語ります。陽だまりのような安らぎを歌いました。







2026/04/10 19:44:29|その他
​家族の絆と歩みを詠む短歌(解説付き) ​1

​家族の絆と歩みを詠む短歌(解説付き)

  1. 六年の 月日流れて 父の分 母の隣で 桜見つめる
    • ​【解説】父が旅立ち六年。かつて両親と三人で歩いた道を、今日は父の分まで心を込めて母と歩む、慈しみの歌です。
  2. 問いかけに 返る笑顔の 眩しくて 耳遠き母と 心で語る
    • ​【解説】言葉が届きにくいもどかしさを超えて、笑顔だけで通じ合える親子の絆。耳ではなく「心」で会話する時間の豊かさを表現しました。
  3. 自立せんと 杖つく母の 逞しさ 散る桜さえ 応援を送り
    • ​【解説】自分の足で立とうとする母の強い意志。その姿は、舞い散る花びらさえも拍手(エール)を送っているかのように輝いて見えます。







2026/01/30 9:10:39|その他
童話 崇廣堂物語
 童話    崇廣堂(すうこうどう)物語   ペンネーム はまだ昌宏

三重県伊賀市にある旧崇廣堂。ここはかつて、藩士の子供たちが学問と武道を学んだ「藩校」です。その静かな教室を舞台に、小さな「筆の妖精」と、一人の少年の成長を描いた童話をお届けします。

むかしむかし、伊賀の国に崇廣堂という立派な学問所がありました。そこには、文机お引出しに住んでいる小さな妖精がいました。
名前は
「筆の助」。彼は、一生懸命勉強する子供たちの姿を見るのが大好きでした。
ある日のこと、臆病な少年、
正助 (しょうすけ)が、講堂の端っこでめそめそ と泣いていました。
正助は難しい論語を読むのが苦手で、おまけに剣術も人より少し不器用。
「僕なんて、立派な侍になれないや...」
その時、引出しから
妖精の筆の助がひっこり顔を出しました。
「これこれ、正助君。そんなに涙をこぼすと、せっかくの教科書がふやけてしまうよ!」
驚く正助に、筆の助はニコリと笑って言いました。
「いいかい、崇廣堂の門に掲げられた言葉を知っているかい?ここは、自分を磨きたいと願う者に開かれた場所なんだよ。君の勇気は誰かと比べるためのものじゃないよ。昨日の自分に勝つためのものだよ」
筆の助は、正助の手にそっと飛び移りました。
「さあ、一緒に一文、丁寧に、字を書いてみよう。心を込めて丁寧に」
正助が筆を握ると、不思議なことに、震えていた指先がポカポカと暖かくなってきました。
彼は一晩中、筆の助と一緒に、家族への感謝や、伊賀の国を守りたいという願いを込めて、文字を書き続けました。
するとどうでしょう。翌朝、正助が書いた文字は、まるで朝日を浴びた虹のようにキラキラと輝き始めたのです。

月日は流れ、正助は立派な武士になりました。
彼は、剣で誰かを倒すのではなく、崇廣堂で学んだ知識と優しさを使って、困っている人々を助ける役人になったのです。
正助が年老いた時、彼は大切にしていたあの筆を、崇廣堂の机にそっと置きました。
「筆の助、ありがとう。君のおかげで、僕は自分を信じることができたよ」

今でも崇廣堂を訪れると、しんとした静けさの中に、どこか暖かい空気を感じることがあります。
それはきっと、筆の助たちが今もどこかで、「自分を磨こうとする人」を応援しているからかもしれません。
旧崇廣堂の赤門をくぐる時、耳をすませてみてください。
「勇気を出して、一歩踏み出してごらん」という、優しい声が聞こえてくるはずですよ。