ふとしたきっかけで鉄道趣味の面白さに再び目覚めた。楽しみ方は色々鉄道趣味は奥が深い。私の趣味活動をほんの少し披露し、併せて伊賀地域の鉄道の将来について考えます。
 
2006/06/28 22:32:45|鉄道模型その他
コレクションの話

 私が趣味活動を本格的に始めたのは今から5年前くらいなのですが、その内容は、写真を撮る(撮り鉄)、鉄道模型(模型鉄)、部品収集(収集鉄)、乗って旅に出る(乗り鉄)、見て楽しむ(見る鉄)というのが中心です。他にも時刻表に凝る人や切符の収集などに精を出す人もお見えになります。楽しみ方としては幅が広く、また、高齢の方から年少者まで楽しめ、国境がないというのも魅力です。正にKing of hobby(趣味の王様)といっても過言ではないと思います(いや、言い過ぎかな?)。コレクションという面では、鉄道模型車両(HO,Nゲージ)、実際に使用され払い下げられた鉄道部品が収集の対象です。これらも少しずつ紹介していきたいと思います。画像は、模型(HOゲージ・・・実物の1/80スケールで線路幅が16.5mmのもの)と、鉄道部品です。模型は、SLやディーゼル車が好みで、これらを中心に集めています。関西本線でも活躍したキハ35とキハ10、そして日本型SLで一番大きく、狭軌鉄道でSL世界最高速を記録したC62です。部品類はSLのナンバープレートが奈良機関区に所属し関西本線で活躍したD51のもの、SLのブレーキハンドル(型式不明)、旧国鉄駅の助役制帽、客車か貨車の車両に付けられていた日本国有鉄道のプレート、カンテラといわれる夜間に旗の代わりに使用する合図灯(赤、青、白に点灯します)、模型の後ろにある看板は紀勢本線の特急くろしお号か急行きのくに号で使用された行き先を示すサービスボードです。模型は東京や大阪の専門店で購入した中古品が主です(新品は高価なため)。部品は、即売会や専門店で掘り出し物を探して入手したものです。







2006/06/24 23:52:04|関西本線のこと
100周年記念イベントの話
 平成9年の秋に、関西本線柘植〜伊賀上野間開業100周年の記念イベントが行われました。これは、JRと当時の上野市が伊賀上野駅を中心に、共に記念事業を行うと言うような形であったように思います。沢山のイベントの中でも、目玉は何と言っても蒸気機関車C56の構内運転でした。梅小路蒸気機関車館で動態保存され、今も「やまぐち号」や「北びわこ号」などSLの復活運転に使用される同機が伊賀上野駅構内の3番線で往復運転しました。関西本線から蒸気の煙が消えたのが昭和48年ですから25年ぶりの復活となった訳で、距離としてはごく僅かなものでしたが、汽笛を鳴らし、黒煙と蒸気を吐いて走る姿はなかなか見応えがあり、蒸気機関車現役当時の伊賀上野駅を連想することができました。(願わくば、実際に客車をつないで本線での運転ができればもっと良かったと思ったのは私だけではないはず・・・。)イベントはこの他にも100周年記念列車の出発式やJR職員によるバンド演奏、駅前の交流研修センターで鉄道資料展や模型の運転会などが催され、大勢の見物客で賑わいました。ちなみに、これに先立つ平成2年には、四日市〜柘植間開業100周年記念イベントがあり、亀山駅構内で一般客も乗車可能なD51の運転や亀山〜柘植間にDD51ディーゼル機関車3重連が牽く展望客車マイテ49連結の臨時列車の運転などがありました。将来、JRと沿線の自治体、住民が協働して山口線のようにSL列車が復活すれば、沿線地域や線区の活性化に大いに寄与すると思います。画像はイベント当日の伊賀上野駅での様子です。







2006/06/13 21:46:35|関西本線のこと
関西本線キハ58・28さよなら運転の話

 平成6年4月に、関西本線非電化区間からキハ58・28型という気動車が引退しました。亀山鉄道部が惜別の意味をこめて奈良〜柘植間にさよなら運転の臨時列車を運行した時の話です。現在のキハ120型が導入されるまでは、クリームと朱色の国鉄色を纏った気動車が主力として活躍していました。この車両は本来、急行用の気動車として昭和30年代に開発され、気動車では最多両数を誇ったこともあるほど、全国津々浦々の国鉄路線で見ることができました。関西本線でも昭和40〜50年代頃は急行列車として使用され、長大編成で行く姿も見られました。引退直前には2両の基本編成で、ワンマン運転を行う改造がなされ、かつて優等列車として活躍した姿は見る影もありませんでしたが、国鉄型気動車の標準型であり、扱いやすく保守面でも信頼できる車両であったため長年にわたって使用されていたと言われています。私は当時、今のような趣味活動は行っていませんでしたが、新聞記事でさよなら運転があることを知り、折りしも4月の日曜日で桜が見頃の時期であったため、妻を誘って笠置への花見にこの列車に乗ることにしました。大きなヘッドマークも誇らしげに6両もつないだ臨時さよなら列車は、桜が咲き乱れる沿線風景の中をいつも以上に力走しているように感じました。ちなみにこの後も、関西本線では急行かすが号と団体臨時列車で暫らくその姿を見ることができましたが、今は全国でも急速に廃車が進み、東北や四国などのごく一部でしか見ることが出来なくなっています。







2006/06/08 21:30:08|撮影日記
撮影日記(6/8)
 関西本線非電化区間を走破する、国鉄特急型気動車(181系)による春の修学旅行集約臨時列車ですが、いよいよ運転が終盤になってきました。5月上旬から約1ヶ月間、兵庫県内の小学生を奈良、伊勢志摩へ運んできました。一体、何人の子供達がこの列車で思い出づくりをしたのでしょうか。今日も、そんな列車の姿を追いかけてきました。撮影地では、私以外にも同じ思いでカメラを構える方とよく出会います。何度も一緒に出掛けている方、初めてお会いする方、列車を待つ間、そんな人達と色んな情報を交換しながら談笑するのもまた楽しいものです。
 余談ですが、その昔、姫路と鳥羽を結んだ姫路(鳥羽)快速という列車があったのをご存知でしょうか?山陽、東海道、草津、関西、紀勢、参宮線を経由する蒸気機関車牽引の快速列車です。勿論、難所の加太峠は後ろにも機関車をつけて越えました。その後押しした機関車が休息をとった機関区が柘植駅の構内はずれにあった柘植機関支区です。今は草が生えて当時を偲ぶものはありませんが立派なターンテーブルも備え、柘植駅は大いに活気づいていたそうです。そんな柘植駅を中継点にかつての姫路快速と同じルートをこの列車が辿っていきます。
画像 左上=田植えの終わった田園風景を行く。(新堂〜佐那具)中上=こちらは紀勢本線でのショット。2両目は珍しい国鉄特急色の車両です。(一身田付近)右上=柘植から草津線へ入り帰路につきます。(柘植)左=昔ながらのレンガ積みトンネルを抜ける。(関〜加太)







2006/06/04 20:39:50|関西本線のこと
なつかしの関西本線A
 昭和50年前半頃に撮ったちょっと懐かしい関西本線の画像第2弾です。車両は変わったけど駅の施設や周囲の景色はあまり変わってないと思われるかもしれませんが、変わったところを探してみるのも面白いですね。
画像 左上=国鉄色キハ35と20系による奈良行普通。伊賀上野にて。中上=草津線に残された唯一の客車列車編成です。早朝、亀山から草津線を経由して京都まで運行されていました。この頃、茶色の旧型客車からこの赤い50系客車(レッドトレインと呼ばれていた。)に変わりました。柘植構内にて。右上=DE10型ディーゼル機関車重連(2両)による荷物列車。伊賀上野〜佐那具間にて。現在、ここは工業団地になっています。左下=DD51型ディーゼル機関車牽引の貨物列車。柘植構内にて。当時は関西本線非電化区間、草津線ともに貨物列車が運転されており、柘植駅は双方の列車が行き交うため出会う頻度は高かったと思います。蒸気時代はここから後ろにもう1台補機(後押しする機関車)を連結し、前引き、後押しで加太峠を越える姿が見られたそうです。