ふとしたきっかけで鉄道趣味の面白さに再び目覚めた。楽しみ方は色々鉄道趣味は奥が深い。私の趣味活動をほんの少し披露し、併せて伊賀地域の鉄道の将来について考えます。
 
2006/07/30 15:44:20|遠征記
大井川鉄道訪問記

夏休みの家族旅行を兼ねて、静岡県の大井川鉄道を訪問してきました。ここは30年前からSL列車を定期運行していることで有名で、ご存知の方も多いかと思います。テレビや映画のロケ地としてもよく使われており、この日も終点の千頭駅やSL列車であの北野武さんがテレビの収録を行っており、初めて近くでご本人を見ることが出来ました。私はここ数年、夏の家族旅行で毎年訪れていて、沿線にある川根温泉に泊まり、SLと温泉三昧を楽しんでいます。大井川鉄道の最大の魅力は、山、川、里、茶畑が織り成す景色の中をSLが旧型客車を牽引して走ると言う、日本の原風景がそこにあるところだと思います。特に、春の桜、秋の紅葉、夏や冬の景色など四季折々の楽しみもあり年中通っても飽きさせない魅力があります。また、SL列車に乗って、古い客車の窓を開ければ、SLの汽笛や排気音、客車のレールを刻む音が聞こえ、煤煙(目が痛くなって苦労しますが)や油の匂いがするなど五感で汽車旅を堪能できます。それにここは一応、電化路線なのですが、車両の全てが全国各地の私鉄から引退した懐かしい車両が集まっており、さながら動く鉄道博物館となっているのも魅力的です。また、今回の旅行の目的のひとつに、千頭駅で実施された機関士模擬体験への参加がありました。機関士の制服を着て、実際に汽笛吹鳴や石炭の投炭を体験させていただくイベントです。外気温35度以上の暑い日でしたので、機関車の運転台はそれ以上の暑さで汗を拭いながらの体験でしたが、子供と一緒に、良い経験をさせていただきました。僅かな時間でしたが過酷な職場で頑張る機関士さんの苦労を少しだけ分かったように思います。画像:上・中=川根温泉笹間渡駅近くの橋梁を行くSL列車、復路はタンク機関車の特徴を生かしてバック運転します。下=元近鉄の電車です。このほかにも元近鉄特急車や京阪、南海、西武の電車が活躍しています。







2006/07/19 21:30:27|関西本線のこと
なつかしの関西本線B

 昭和50年台前半のちょっとなつかしい関西本線の画像第3弾です。上の画像は、伊賀上野駅の上りホーム東端からの撮影で、朝の9時50分です。この時刻は伊賀上野駅が少し華やぐ時で、名古屋行き急行「かすが」2号と奈良行き急行「かすが」1号が停車しています。線内唯一の優等列車が上下行き違いをするのはこの時刻だけでした。ホームには遠くまで行くと思しき旅行客や用務客の姿が見られ、幹線の駅らしい光景が見られました。奈良行き「かすが」号は柘植で京都行き「平安」号(3両)を切り離したものの多客期なのか7両の長編成です。名古屋行き「かすが」号はグリーン車を連結した4両でした。ホームには乗車位置を示す足元番号が記され、駅のアナウンスも停車駅などの案内を賑やかにしていたのが思い出されます。真ん中の画像はキハ20系などで編成された名古屋行きの普通列車です(佐那具〜伊賀上野)。この頃から普通列車に使用される車両は、国鉄の合理化策の一環で二色塗りから、最後部の車両のような朱色一色の塗装に変わっていきました。ハエタタキのような通信線用電柱が懐かしいですね。下の画像は、キハ45系などで編成された奈良行き普通列車です。端に写っている古い手動の信号機(腕木式信号機)も懐かしいですね。この場所は現在伊賀市の三田工業団地となっている場所で造成がほぼ終わった頃だと思います。







2006/07/10 23:46:13|関西本線のこと
中在家信号場の話
 柘植〜加太間には時刻表にはない中在家信号場があります。ここは1000分の25パーミルという急勾配の加太峠があり、峠を登り切ったところにスイッチバックという退避線を設けた信号場が設けられ、列車の交換(行き違い)が行われてきました。蒸気機関車の時代から、列車が上下それぞれに設けられた待避線にジグザグに入り、列車交換が終わると本線に戻って行く光景が見られました。勿論全ての列車がそうしたわけではありませんが、全国的にも珍しい施設で、急勾配で列車を安全に停止させ、発進させる方法のひとつとして考え出された鉄道施設です。かつては長い待避線が下り方向に2線あり、本線上には短いホームと信号場の建屋があり、職員が手動でポイントや信号の操作を行っていました。しかし、自動信号機化された以降は無人化され建屋も取り壊されました。待避線も短いものが1線になり、スイッチバックする列車も少なくなってしまいました。そしてついに、今年3月のダイヤ改正で、スイッチバックする列車がなくなってしまいました。今後、施設が完全に廃止される可能性も高いでしょう。私もこれまでに何度かスイッチバックする列車に乗りましたが、先を急ぐことを拒むようにゆっくりと停止、後進する列車はスローな旅の面白さを教えてくれるような感じがした印象があります。すぐ脇を高速で走る名阪国道の車列とは非常に対照的に映りました。鉄道の高速化とともに消えていった歴史的遺産ともいえる施設が最近まで関西本線には機能していた訳です。今度、この区間を通ることがありましたら、どのようになっているか確認したいと思います。画像は今年の1月に団体臨時列車(伊勢初詣のお座敷列車)の撮影のため、信号場の近くで撮影したものです。左上=上り列車が本線から上り方待避線に進入、中央=下り方待避線に後進、右上=下り普通列車と交換、左=再び本線に戻り加太方面へ発車







2006/07/04 23:32:32|関西本線のこと
ミステリー列車の話A
 2回目に参加したミステリー列車は平成14年の秋で、行き先は鳥羽でした。多くの参加者が当然ながら行き先を知らされない中で、私は鉄道写真愛好家向けの月刊誌「鉄道ダイヤ情報」により、行き先、運行ダイヤ、車両運用を事前に知ることが出来ました。勿論、子供には内緒にしていました。経路は伊賀上野から亀山、多気を経由し鳥羽を目指すルートで、使用された車両はJR東海所属のDD51と特急型客車の14系6両という編成でした。この組み合わせも非常に貴重なもので、JR東海の14系客車は今や廃車ないし他社への譲渡によって全てなくなってしまっています。当日もこの列車を撮影するカメラマンの姿が沿線のあちこちで見受けられ、参宮線の有名な撮影地ではSL列車か、はたまたお召し列車でも来るのかと言わんばかりの鈴なりの人手で、同乗した子供や親御さん達もビックリした様子でした。ついに主催者側から「この列車はとても珍しい列車ですよ」と言った案内放送がされた程でした。伊賀から鳥羽への常套手段は勿論近鉄ということになります。特急なら伊賀神戸から約1時間で行けるところを、3時間かけてゆっくりと進みました。しかし、子供達の学習の場としてはこれで丁度良い時間ですし、スローな旅の良さを感じた大人も少なからず居たのではないかと思いました。
そんな旅を体験できるのもJRならでは、ではないでしょうか。
画像=伊賀上野駅で発車を待つミステリー列車。この時はヘッドマークの装着はありませんでした。







2006/07/02 14:55:57|関西本線のこと
ミステリー列車の話@
 伊賀市上野地区では、随分前から(旧上野市時代から)児童福祉会連合会が主催で子供達を対象にした、ミステリー列車の運行を実施しています。これは同会の事業の一つとして毎年実施されているものです。私もこの事業には過去4回、子供と共に参加したことがあります。最近の3年ほどは近鉄の「あおぞら」号を使用した、伊賀神戸駅発着の実施でしたが、その前はJRの車両を使用し、伊賀上野駅発着のミステリー列車でした。初めて参加した時は、平成13年で、伊賀上野〜木津〜京都(目的地は京都市立動物園)〜草津〜柘植〜伊賀上野のルートで、使用車両は当時、JR西日本管内で貴重となっていた京都総合車両所の国鉄色キハ58・28系気動車6両が使用されました。個人的には、伊賀上野〜京都を環状に辿るという経路も非常に面白いものでありましたが、当時、関西本線から定期列車では既に姿を消していた往年の急行型車両に乗車できたのは何よりも興味深いものがありました。車内は終始、子供達の元気な歓声が響き、木津などでの方向転換や途中駅の停車の度に「さあ次はどこの駅に向かうのでしょうね?」といったクイズの放送が入るなど楽しい演出がされました。列車は子供達の元気に負けないくらいの豪快な走りで、かつての関西、草津、奈良線に走った急行「かすが」、「平安」、「しらはま」号を彷彿とさせるものがありました。同乗した親御さん達からは、車内に響く振動と騒音に、これ「20年くらい前の古い車両だな」という感想が聞かれましたが、それを聞いて、「いえいえなんの40年ちかく経ってますよ、貴重な車両ですよ」と訂正したくなりました。画像は京都駅に入線するミステリー列車。うえのっ子というヘッドマークも付けていました。