ふとしたきっかけで鉄道趣味の面白さに再び目覚めた。楽しみ方は色々鉄道趣味は奥が深い。私の趣味活動をほんの少し披露し、併せて伊賀地域の鉄道の将来について考えます。
 
2006/07/10 23:46:13|関西本線のこと
中在家信号場の話
 柘植〜加太間には時刻表にはない中在家信号場があります。ここは1000分の25パーミルという急勾配の加太峠があり、峠を登り切ったところにスイッチバックという退避線を設けた信号場が設けられ、列車の交換(行き違い)が行われてきました。蒸気機関車の時代から、列車が上下それぞれに設けられた待避線にジグザグに入り、列車交換が終わると本線に戻って行く光景が見られました。勿論全ての列車がそうしたわけではありませんが、全国的にも珍しい施設で、急勾配で列車を安全に停止させ、発進させる方法のひとつとして考え出された鉄道施設です。かつては長い待避線が下り方向に2線あり、本線上には短いホームと信号場の建屋があり、職員が手動でポイントや信号の操作を行っていました。しかし、自動信号機化された以降は無人化され建屋も取り壊されました。待避線も短いものが1線になり、スイッチバックする列車も少なくなってしまいました。そしてついに、今年3月のダイヤ改正で、スイッチバックする列車がなくなってしまいました。今後、施設が完全に廃止される可能性も高いでしょう。私もこれまでに何度かスイッチバックする列車に乗りましたが、先を急ぐことを拒むようにゆっくりと停止、後進する列車はスローな旅の面白さを教えてくれるような感じがした印象があります。すぐ脇を高速で走る名阪国道の車列とは非常に対照的に映りました。鉄道の高速化とともに消えていった歴史的遺産ともいえる施設が最近まで関西本線には機能していた訳です。今度、この区間を通ることがありましたら、どのようになっているか確認したいと思います。画像は今年の1月に団体臨時列車(伊勢初詣のお座敷列車)の撮影のため、信号場の近くで撮影したものです。左上=上り列車が本線から上り方待避線に進入、中央=下り方待避線に後進、右上=下り普通列車と交換、左=再び本線に戻り加太方面へ発車







2006/07/04 23:32:32|関西本線のこと
ミステリー列車の話A
 2回目に参加したミステリー列車は平成14年の秋で、行き先は鳥羽でした。多くの参加者が当然ながら行き先を知らされない中で、私は鉄道写真愛好家向けの月刊誌「鉄道ダイヤ情報」により、行き先、運行ダイヤ、車両運用を事前に知ることが出来ました。勿論、子供には内緒にしていました。経路は伊賀上野から亀山、多気を経由し鳥羽を目指すルートで、使用された車両はJR東海所属のDD51と特急型客車の14系6両という編成でした。この組み合わせも非常に貴重なもので、JR東海の14系客車は今や廃車ないし他社への譲渡によって全てなくなってしまっています。当日もこの列車を撮影するカメラマンの姿が沿線のあちこちで見受けられ、参宮線の有名な撮影地ではSL列車か、はたまたお召し列車でも来るのかと言わんばかりの鈴なりの人手で、同乗した子供や親御さん達もビックリした様子でした。ついに主催者側から「この列車はとても珍しい列車ですよ」と言った案内放送がされた程でした。伊賀から鳥羽への常套手段は勿論近鉄ということになります。特急なら伊賀神戸から約1時間で行けるところを、3時間かけてゆっくりと進みました。しかし、子供達の学習の場としてはこれで丁度良い時間ですし、スローな旅の良さを感じた大人も少なからず居たのではないかと思いました。
そんな旅を体験できるのもJRならでは、ではないでしょうか。
画像=伊賀上野駅で発車を待つミステリー列車。この時はヘッドマークの装着はありませんでした。







2006/07/02 14:55:57|関西本線のこと
ミステリー列車の話@
 伊賀市上野地区では、随分前から(旧上野市時代から)児童福祉会連合会が主催で子供達を対象にした、ミステリー列車の運行を実施しています。これは同会の事業の一つとして毎年実施されているものです。私もこの事業には過去4回、子供と共に参加したことがあります。最近の3年ほどは近鉄の「あおぞら」号を使用した、伊賀神戸駅発着の実施でしたが、その前はJRの車両を使用し、伊賀上野駅発着のミステリー列車でした。初めて参加した時は、平成13年で、伊賀上野〜木津〜京都(目的地は京都市立動物園)〜草津〜柘植〜伊賀上野のルートで、使用車両は当時、JR西日本管内で貴重となっていた京都総合車両所の国鉄色キハ58・28系気動車6両が使用されました。個人的には、伊賀上野〜京都を環状に辿るという経路も非常に面白いものでありましたが、当時、関西本線から定期列車では既に姿を消していた往年の急行型車両に乗車できたのは何よりも興味深いものがありました。車内は終始、子供達の元気な歓声が響き、木津などでの方向転換や途中駅の停車の度に「さあ次はどこの駅に向かうのでしょうね?」といったクイズの放送が入るなど楽しい演出がされました。列車は子供達の元気に負けないくらいの豪快な走りで、かつての関西、草津、奈良線に走った急行「かすが」、「平安」、「しらはま」号を彷彿とさせるものがありました。同乗した親御さん達からは、車内に響く振動と騒音に、これ「20年くらい前の古い車両だな」という感想が聞かれましたが、それを聞いて、「いえいえなんの40年ちかく経ってますよ、貴重な車両ですよ」と訂正したくなりました。画像は京都駅に入線するミステリー列車。うえのっ子というヘッドマークも付けていました。







2006/06/28 22:32:45|鉄道模型その他
コレクションの話

 私が趣味活動を本格的に始めたのは今から5年前くらいなのですが、その内容は、写真を撮る(撮り鉄)、鉄道模型(模型鉄)、部品収集(収集鉄)、乗って旅に出る(乗り鉄)、見て楽しむ(見る鉄)というのが中心です。他にも時刻表に凝る人や切符の収集などに精を出す人もお見えになります。楽しみ方としては幅が広く、また、高齢の方から年少者まで楽しめ、国境がないというのも魅力です。正にKing of hobby(趣味の王様)といっても過言ではないと思います(いや、言い過ぎかな?)。コレクションという面では、鉄道模型車両(HO,Nゲージ)、実際に使用され払い下げられた鉄道部品が収集の対象です。これらも少しずつ紹介していきたいと思います。画像は、模型(HOゲージ・・・実物の1/80スケールで線路幅が16.5mmのもの)と、鉄道部品です。模型は、SLやディーゼル車が好みで、これらを中心に集めています。関西本線でも活躍したキハ35とキハ10、そして日本型SLで一番大きく、狭軌鉄道でSL世界最高速を記録したC62です。部品類はSLのナンバープレートが奈良機関区に所属し関西本線で活躍したD51のもの、SLのブレーキハンドル(型式不明)、旧国鉄駅の助役制帽、客車か貨車の車両に付けられていた日本国有鉄道のプレート、カンテラといわれる夜間に旗の代わりに使用する合図灯(赤、青、白に点灯します)、模型の後ろにある看板は紀勢本線の特急くろしお号か急行きのくに号で使用された行き先を示すサービスボードです。模型は東京や大阪の専門店で購入した中古品が主です(新品は高価なため)。部品は、即売会や専門店で掘り出し物を探して入手したものです。







2006/06/24 23:52:04|関西本線のこと
100周年記念イベントの話
 平成9年の秋に、関西本線柘植〜伊賀上野間開業100周年の記念イベントが行われました。これは、JRと当時の上野市が伊賀上野駅を中心に、共に記念事業を行うと言うような形であったように思います。沢山のイベントの中でも、目玉は何と言っても蒸気機関車C56の構内運転でした。梅小路蒸気機関車館で動態保存され、今も「やまぐち号」や「北びわこ号」などSLの復活運転に使用される同機が伊賀上野駅構内の3番線で往復運転しました。関西本線から蒸気の煙が消えたのが昭和48年ですから25年ぶりの復活となった訳で、距離としてはごく僅かなものでしたが、汽笛を鳴らし、黒煙と蒸気を吐いて走る姿はなかなか見応えがあり、蒸気機関車現役当時の伊賀上野駅を連想することができました。(願わくば、実際に客車をつないで本線での運転ができればもっと良かったと思ったのは私だけではないはず・・・。)イベントはこの他にも100周年記念列車の出発式やJR職員によるバンド演奏、駅前の交流研修センターで鉄道資料展や模型の運転会などが催され、大勢の見物客で賑わいました。ちなみに、これに先立つ平成2年には、四日市〜柘植間開業100周年記念イベントがあり、亀山駅構内で一般客も乗車可能なD51の運転や亀山〜柘植間にDD51ディーゼル機関車3重連が牽く展望客車マイテ49連結の臨時列車の運転などがありました。将来、JRと沿線の自治体、住民が協働して山口線のようにSL列車が復活すれば、沿線地域や線区の活性化に大いに寄与すると思います。画像はイベント当日の伊賀上野駅での様子です。