ふとしたきっかけで鉄道趣味の面白さに再び目覚めた。楽しみ方は色々鉄道趣味は奥が深い。私の趣味活動をほんの少し披露し、併せて伊賀地域の鉄道の将来について考えます。
 
2006/11/19 19:32:03|遠征記
国鉄型三昧!大糸線訪問記@
17日の夜から、残り少なくなった国鉄型車両を求めて新潟、長野県へ鉄道旅行をしてきました。「鉄道写真館1972〜」を主宰されているtetuさんにご同行いただき、乗り鉄&撮り鉄を楽しんできました。まずは1日目、大阪駅10番ホームから発車する夜行寝台急行列車「きたぐに」号で、最初の目的地糸魚川へ向けて出発です。急行「きたぐに」号はかつて東海道、山陽本線や東北本線の特急列車で活躍した583(581)系電車です。登場当時は青とクリームの塗り分けで新大阪〜博多間の特急「月光」号でデビューしたことから月光型とも呼ばれています。世界ではじめての座席車と寝台車の両方を兼ねられる車両であるため、昼夜兼行の働き者として重宝されました。現在はこの「きたぐに」号だけが唯一の定期列車となっており、ほかにJR東日本で臨時用に使用される2編成があり、JR西日本の「きたぐに」用6編成とあわせ8編成のみが活躍しています。「きたぐに」号は北陸、信越本線などを経由し大阪〜新潟間を約9時間かけて結んでいます。1日1往復、今やJRで急行と名の付く列車はごく少数ですが、その中でも夜行寝台急行は東京〜大阪間の「銀河」とこの「きたぐに」だけです。私としては、希少な列車が齢約40年の583系で運転されているとあって、乗車体験しない訳にはいかなかったという訳です。23時過ぎ、金曜日の大阪駅は勤め帰りのサラリーマン達でまだまだ混雑しています。大阪環状線や京都、姫路方面へのホームには満員の列車がひっきりなしに発着しています。そんな喧騒をよそに北陸方面への優等列車が発車する10番線はひっそりとしており、「きたぐに」は少々くたびれた車体を横たえていました。編成は10両、塗装こそJRオリジナル色に変わっているものの国鉄の匂いがプンプンする姿で優等列車としては十分な貫禄です。記念撮影もそこそこに発車時刻の23時27分が近づいてきました(続く)。







2006/11/05 22:42:43|関西本線のこと
キハ40系のはなし
私は、鉄道車両の中で、気動車(ディーゼルカーというのが一般的かも。)が結構好きで、特に国鉄時代に活躍した車両、たとえばキハ58、20、10系なんかの型式が好みです。JRの最新式の軽量、高出力の車両も良いのですが、非力で重厚な国鉄型が何とも言えず味わい深いものがありました。しかし、これらの型式は、今は、殆どが淘汰されてしまっているのが現状です。その中で、最後の国鉄型気動車として、今も全国で活躍しているのがキハ40系と言われる型式です。昭和50年代初頭に、当時古くなっていたキハ10系を置き換える目的で登場した型式で、キハ40、47、48といった型式が主力でした。キハ58系から続く代わり映えのないフェイスデザインに朱色一色のカラーリング、飾り気のないセミクロスシートを配置した車内は、当時、財政難の国鉄を象徴する無駄を極力排した車両でした。今はもう関西本線では見られませんが、10数年前まではその姿を見ることが出来ました。私は中学1年生頃に偶然にも亀山機関区(当時)で新製配置されたばかりのその車両を見る機会がありました。スーパーカーブームが終わって、興味が鉄道に傾いていた頃でした。亀山駅に列車の撮影に出掛けた時だったと思います。何しろ、関西本線で新車を見るのは初めてのことでしたので、その眩しいくらい綺麗な車体に惹きつけられたのを覚えています。丁度持参したカメラで撮影もしました。職員が車両の周りで研修でも受けていたのでしょうか、そのような光景が記録されています。それから暫らくして、関西本線で実際に運用されたキハ40に乗車することができました。キハ35などと編成された列車でしたが、迷わず新車の匂いのするキハ40に乗り込みました。新車のエンジン音と走りを堪能したのですが、残念なこともありました。それは、綺麗な車内の壁に誰かが落書きで傷をつけてあったことでした。それを見たとき、怒りと情けなさがこみ上げたのを覚えています。その後は関西本線で何度もキハ40、47にお世話になりました。新しい割に重い車体、非力なエンジンで喘ぎながら勾配を登ったのが印象深いです。JR西日本、東海エリアでは、山陰本線や紀勢本線などで現在も見ることが出来ますが、塗装が変わっていたり、エンジンが高出力なものに換えられていたりと登場当時のオリジナルを見ることはなかなか出来ないようです。延命更新工事を受けたものも増えているようで、もう暫らくは活躍する場所があるということでしょうか。画像=左;亀山機関区にて新製配置間もない頃、右;我が家のキハ40、HO鉄道模型です。当初、白地に赤帯のJR東日本盛岡色でしたが、先月、思い切って塗装を剥がしてオリジナルの朱色一色に塗りました。







2006/10/28 23:07:08|その他
リバイバルブーム

最近は、国鉄時代への懐古趣味ともいうべきか、国鉄時代から存続している車両を使ったリバイバル急行〜、なつかしの特急〜なんていうイベント列車が結構運転されたりします。世間的にはちょっと懐かしい昭和ブームがあったりしますから、そういうトレンドの一つなのかも知れません。JRに移行後、多くの国鉄型車両がその会社のイメージに沿ったカラーに塗りなおされたりしましたが、近頃は塗装を国鉄当時のものに戻す動きも流行っていたりします。こういったことがあると、鉄人達は居てもたっても居られず、その記録に奔走するのが常であります。最近では、今月21日に播但、山陰線で運行された急行あまるべ号があります。架け替えが決まった餘部鉄橋を、JR西日本ではもう4両しかない、クリームと赤色の国鉄メークで人気のあるキハ58・28型気動車で渡るという趣向の列車でした。指定券がとれた人は本当に幸運な方で、多くの人達はせめてひと目見たい、撮影したいということで餘部鉄橋周辺を訪れたようです。私も行きたかったのですが残念ながら叶いませんでした。私がはじめてリバイバル列車に乗車したのは、今から3年前の10月に紀勢本線で運転されたリバイバル急行きのくに号です。朝早起きして天王寺〜白浜間を乗車しに行きました。美しい南紀の海を車窓に見ながら、開け放った窓から入る潮風の香りとキハ58型気動車のディーゼルサウンドも心地よく、記憶に残る旅となりました。来年は関西本線開業110周年、キハ58・28型が残っているうちにリバイバル急行かすがの運転を願いたいものですね。画像=上:平成15年10月に運転されたリバイバル急行きのくに号(当時と同じデザインのヘッドマーク付き)下:同じ日に運転された紀勢本線電化開業25周年号のEF58電気機関車







2006/10/22 16:27:04|撮影日記
撮影日記(10/22)
 草津、関西本線に「ゆうゆうサロン岡山」というジョイフルトレインが入線するとの情報を得て、撮影に出掛けました。この列車は団体専用の臨時列車で、昭和60年に既存の12系客車を改造して製造された欧風タイプのサロンカーです。両端の車両は展望構造となっているのが特徴で、製造当初はマルーンに金帯という塗色でしたが、現在は画像のような配色に改められています。列車はDD51型ディーゼル機関車に牽引されて、お昼過ぎに柘植に到着し、加太を越えて亀山へ向かいました。私は、草津線の柘植〜油日間の直線で撮影後、柘植駅へ向かい、出発を撮影しました。柘植駅では少年ファンや家族連れが撮影に来られており、滅多に来ない珍客にカメラを向けていました。最近は、以前のように関西本線を走る団体臨時列車の運行がめっきり減ってきた感じがします。先日の「きのくに号」のように折角計画されても、取りやめになることもあります。そのような中で今月は、佐那具駅開業110周年記念号や秋季に恒例の修学旅行臨時列車が181系特急型気動車で運行され、少し賑やかになっています。今日は、亀山駅構内に1泊し、明日の午後戻る予定です。画像左=草津線柘植〜油日間をゆく同列車。右=柘植駅を出発し加太越えに挑む同列車。







2006/10/12 18:00:03|関西本線のこと
関西本線を走ったジョイフルトレインたち@
 関西本線には、年に何度か専用の車両を使用した団体臨時列車が運転されます。これらは、ジョイフルトレインと呼ばれ、JRの各社が保有しているものです。国鉄末期からJR発足頃にかけて、既存の客車や気動車、電車を改造して製造されたものが多く、経済が好況だったバブル期の旅行需要に応えたものと思われます。しかし、種車となった車両の経年が進んだ今日、そろそろ廃車になるものも出てきており、後継車が製造されないことが多いのが現実です。もともと、運行される機会も少ないため、関西本線に、こういった列車が走る日は、加太築堤などの有名撮影地にはファンが沢山集まります。私も数年前からこういった列車を追いかけるようになりました。左上;伊勢への正月臨時列車として北陸方面からきたお座敷列車「わくわくだんらん」JR西日本車(加太〜関)、中上;伊勢から京都伏見への正月臨時列車「ユーロライナー」JR東海車(この車両は機関車以外は既に廃車されています。)(柘植)、右上;山陰地方から伊勢へ向かう、元キハ58気動車改造の「セイシェル」JR西日本車(この車両も既に廃車されています。)(柘植)、左下;大阪から伊賀上野へウオーキング客を乗せて来た元キハ65気動車改造の「エーデル」JR西日本車(山陰本線で特急列車として活躍しました。)(島ヶ原〜伊賀上野)