ふとしたきっかけで鉄道趣味の面白さに再び目覚めた。楽しみ方は色々鉄道趣味は奥が深い。私の趣味活動をほんの少し披露し、併せて伊賀地域の鉄道の将来について考えます。
 
2006/11/21 23:21:35|遠征記
国鉄型三昧!大糸線訪問記B    

夜が明けきらない糸魚川駅の大糸線用ホームには、始発と2番列車に充当される2両のディーゼルカーがエンジン音を響かせながら停車していました。いずれも型式はキハ52型で、数年前に派手なJRの専用色だったものをファンの強い要望を受けて、同線を管理するJR西日本糸魚川鉄道部が赤と黄色のツートン、朱色一色の国鉄時代の色に塗り替えた車両達です。大糸線にはこのキハ52型が3両活躍しており、塗り替えられていなかった1両もこの11月下旬に、紺とクリームのツートンという昭和30年代前半に見られた国鉄色に変身して登場するとのことらしく、糸魚川鉄道部の粋な計らいに大いに感服する次第となりました。この2両のキハ52型は昭和40年に製造された車両で、山岳線区に対応した2個のエンジンを持ち、主に北陸地方の非電化路線で活躍しました。JR西日本には、今や大糸線で活躍するこの3両しか在籍していません。同型式のグループにあった1個エンジンのキハ20型などは早くに廃車され、もう同社には存在しませんが、強力な2個エンジン車であることが幸いして、長く使用されてきたと言われています。私達は始発の大糸線南小谷行きに乗車するまでの間、カランカランというあの懐かしいディーゼルサウンドを聞きながら色んな角度でバルブ撮影を試みました。そしてふと駅構内の留置線に目をやると、なんとそこには私達ファンの心を揺さぶる車両が暗闇の中に佇んでいたのです。(続く)







2006/11/20 21:27:17|遠征記
国鉄型三昧!大糸線訪問記A
 定刻23時27分、発車ベルもなく静かに大阪駅を離れた「きたぐに」号は一路北陸路を目指します。草津までの複々線区間では、併走する電車の乗客からの視線を浴び続け少々気恥ずかしい気持ちになります。我々が今宵の宿に指定したのは、3段式寝台の下段(B寝台)です。客車寝台車のように窓側の片側を通路とし枕木方向にベッドが配されたものとは違い、この電車寝台車は中央の通路を挟んで列車の進行方向にベッドを並べるレイアウトです。指定されたベッドに入り込むと、足方向は長さに余裕があるものの、高さ方向はさすがに窮屈で、足を延ばして半身を起こす態勢をとるのがやっとです。よくぞ、3段もベッドを並べたものだと感心しましたが、現在の生活様式に慣れた身には少々辛いものがあります。車内設備もリニューアルが施されているものの、全体として、古きよき懐かしい国鉄のもので、香りも国鉄時代のそれでありました。「きたぐに」は寝台車のほかに座席グリーン車と固定式の座席車が連結されていますが、狭くても横になれる寝台車はありがたい存在です。週末である本日の乗車状況は、各車両をくまなく見ていないので判然としませんが、寝台車にも少々空きがあり、満席とまではいかなかったようです。客層は老若男女、北陸方面へ帰る用務客などが中心と見てとれ、中にはお遍路姿の乗客も見えました。列車は、いよいよ米原から北陸本線に入り、快調にきたぐにを目指します。寝過ごすのを心配して車掌に起こしてくれるように頼んでありましたが、車両の振動やモーターの唸る音、レールを刻むジョイント音など、さすがに賑やかな音たちに熟睡は叶う筈もなく、まどろみながら居ると早くも
下車予定の糸魚川が近づいてきました。外はまだ真っ暗、眠い目をこすりながら、小雨の降る駅のホームに降り立ちました。そしてそこで出会ったのが、これまた懐かしいエンジン音を奏でている国鉄色を纏った2両のディーゼルカーだったのです。(続く)







2006/11/19 19:32:03|遠征記
国鉄型三昧!大糸線訪問記@
17日の夜から、残り少なくなった国鉄型車両を求めて新潟、長野県へ鉄道旅行をしてきました。「鉄道写真館1972〜」を主宰されているtetuさんにご同行いただき、乗り鉄&撮り鉄を楽しんできました。まずは1日目、大阪駅10番ホームから発車する夜行寝台急行列車「きたぐに」号で、最初の目的地糸魚川へ向けて出発です。急行「きたぐに」号はかつて東海道、山陽本線や東北本線の特急列車で活躍した583(581)系電車です。登場当時は青とクリームの塗り分けで新大阪〜博多間の特急「月光」号でデビューしたことから月光型とも呼ばれています。世界ではじめての座席車と寝台車の両方を兼ねられる車両であるため、昼夜兼行の働き者として重宝されました。現在はこの「きたぐに」号だけが唯一の定期列車となっており、ほかにJR東日本で臨時用に使用される2編成があり、JR西日本の「きたぐに」用6編成とあわせ8編成のみが活躍しています。「きたぐに」号は北陸、信越本線などを経由し大阪〜新潟間を約9時間かけて結んでいます。1日1往復、今やJRで急行と名の付く列車はごく少数ですが、その中でも夜行寝台急行は東京〜大阪間の「銀河」とこの「きたぐに」だけです。私としては、希少な列車が齢約40年の583系で運転されているとあって、乗車体験しない訳にはいかなかったという訳です。23時過ぎ、金曜日の大阪駅は勤め帰りのサラリーマン達でまだまだ混雑しています。大阪環状線や京都、姫路方面へのホームには満員の列車がひっきりなしに発着しています。そんな喧騒をよそに北陸方面への優等列車が発車する10番線はひっそりとしており、「きたぐに」は少々くたびれた車体を横たえていました。編成は10両、塗装こそJRオリジナル色に変わっているものの国鉄の匂いがプンプンする姿で優等列車としては十分な貫禄です。記念撮影もそこそこに発車時刻の23時27分が近づいてきました(続く)。







2006/11/05 22:42:43|関西本線のこと
キハ40系のはなし
私は、鉄道車両の中で、気動車(ディーゼルカーというのが一般的かも。)が結構好きで、特に国鉄時代に活躍した車両、たとえばキハ58、20、10系なんかの型式が好みです。JRの最新式の軽量、高出力の車両も良いのですが、非力で重厚な国鉄型が何とも言えず味わい深いものがありました。しかし、これらの型式は、今は、殆どが淘汰されてしまっているのが現状です。その中で、最後の国鉄型気動車として、今も全国で活躍しているのがキハ40系と言われる型式です。昭和50年代初頭に、当時古くなっていたキハ10系を置き換える目的で登場した型式で、キハ40、47、48といった型式が主力でした。キハ58系から続く代わり映えのないフェイスデザインに朱色一色のカラーリング、飾り気のないセミクロスシートを配置した車内は、当時、財政難の国鉄を象徴する無駄を極力排した車両でした。今はもう関西本線では見られませんが、10数年前まではその姿を見ることが出来ました。私は中学1年生頃に偶然にも亀山機関区(当時)で新製配置されたばかりのその車両を見る機会がありました。スーパーカーブームが終わって、興味が鉄道に傾いていた頃でした。亀山駅に列車の撮影に出掛けた時だったと思います。何しろ、関西本線で新車を見るのは初めてのことでしたので、その眩しいくらい綺麗な車体に惹きつけられたのを覚えています。丁度持参したカメラで撮影もしました。職員が車両の周りで研修でも受けていたのでしょうか、そのような光景が記録されています。それから暫らくして、関西本線で実際に運用されたキハ40に乗車することができました。キハ35などと編成された列車でしたが、迷わず新車の匂いのするキハ40に乗り込みました。新車のエンジン音と走りを堪能したのですが、残念なこともありました。それは、綺麗な車内の壁に誰かが落書きで傷をつけてあったことでした。それを見たとき、怒りと情けなさがこみ上げたのを覚えています。その後は関西本線で何度もキハ40、47にお世話になりました。新しい割に重い車体、非力なエンジンで喘ぎながら勾配を登ったのが印象深いです。JR西日本、東海エリアでは、山陰本線や紀勢本線などで現在も見ることが出来ますが、塗装が変わっていたり、エンジンが高出力なものに換えられていたりと登場当時のオリジナルを見ることはなかなか出来ないようです。延命更新工事を受けたものも増えているようで、もう暫らくは活躍する場所があるということでしょうか。画像=左;亀山機関区にて新製配置間もない頃、右;我が家のキハ40、HO鉄道模型です。当初、白地に赤帯のJR東日本盛岡色でしたが、先月、思い切って塗装を剥がしてオリジナルの朱色一色に塗りました。







2006/10/28 23:07:08|その他
リバイバルブーム

最近は、国鉄時代への懐古趣味ともいうべきか、国鉄時代から存続している車両を使ったリバイバル急行〜、なつかしの特急〜なんていうイベント列車が結構運転されたりします。世間的にはちょっと懐かしい昭和ブームがあったりしますから、そういうトレンドの一つなのかも知れません。JRに移行後、多くの国鉄型車両がその会社のイメージに沿ったカラーに塗りなおされたりしましたが、近頃は塗装を国鉄当時のものに戻す動きも流行っていたりします。こういったことがあると、鉄人達は居てもたっても居られず、その記録に奔走するのが常であります。最近では、今月21日に播但、山陰線で運行された急行あまるべ号があります。架け替えが決まった餘部鉄橋を、JR西日本ではもう4両しかない、クリームと赤色の国鉄メークで人気のあるキハ58・28型気動車で渡るという趣向の列車でした。指定券がとれた人は本当に幸運な方で、多くの人達はせめてひと目見たい、撮影したいということで餘部鉄橋周辺を訪れたようです。私も行きたかったのですが残念ながら叶いませんでした。私がはじめてリバイバル列車に乗車したのは、今から3年前の10月に紀勢本線で運転されたリバイバル急行きのくに号です。朝早起きして天王寺〜白浜間を乗車しに行きました。美しい南紀の海を車窓に見ながら、開け放った窓から入る潮風の香りとキハ58型気動車のディーゼルサウンドも心地よく、記憶に残る旅となりました。来年は関西本線開業110周年、キハ58・28型が残っているうちにリバイバル急行かすがの運転を願いたいものですね。画像=上:平成15年10月に運転されたリバイバル急行きのくに号(当時と同じデザインのヘッドマーク付き)下:同じ日に運転された紀勢本線電化開業25周年号のEF58電気機関車