早いものですね。旧国鉄が分割民営化されて今年で20年になるとは。40歳を過ぎるとついこの間のことのように思いますが・・・。昭和62年当時、私は大学生で、鉄道趣味とはほとんど無縁でした。しかし、巨額の赤字を抱えた国鉄再建が急務といわれたころ、時事問題としても関心がありました。国鉄最後の日の夜は、各地の現場でセレモニーが行われている様子がテレビの特集番組として放映され、夜遅くまで見入ったことを思い出します。当時の中曽根内閣の主要施策とも言われたこの改革は、結果的に正解だったのでしょうが、効率優先の会社経営によるひずみが、一昨年の福知山線事故のような悲劇を生んだとも言われています。20年が過ぎて、都市圏や新幹線など利益の上がる線区の整備は飛躍的に進む一方、地方の赤字ローカル線は駅無人化やワンマン運転の実施、ダイヤの間引きなど合理化が徹底し、少子高齢化がさらに進む将来には悲観的な現実が待っていそうな気配があります。20年を契機に、国鉄時代に戻れなどとは決して言いませんが、あの時代のように全国津々浦々で鉄道が生活のインフラ(基盤)として機能していたことや人が見守ることで保たれていた輸送の安全性のことなどを思い起こしてみても良いのでないかと思いますね。鉄道趣味的には、私の鉄道原風景は無駄と非効率と言われた古き良き国鉄時代のままなのですが・・・。画像は、民営化された直後の関西本線の急行「かすが」号です。国鉄時代から使用していた車両はほとんどがその側面に大きなJRのロゴマークを貼っていました。関西本線は、民営化によって亀山を境界にして東海会社と西日本会社に分けられました。「かすが」号は東海会社の列車として運行されましたので、側面のマークの色はオレンジ色だったのです(西日本は白色)。国鉄時代は亀山を跨いで直通する列車は数多くありましたが、民営化後はこの列車のみが直通列車となり、それも昨年3月に廃止されてしまい、今は直通する列車は1本もありません。 |