お召し列車とは、天皇陛下など皇族の方々のご乗用列車のことで、かつて、地方への行幸には必ずお召し列車専用の車両を利用されるのが常でしたが、最近は質素を重んじる傾向にあるのか一般車両をお召し列車として使用することが多いようです(現在も国鉄時代から引き継がれるお召し列車専用の車両は、JR東日本が客車タイプと電車タイプを2編成所有しており、専用機関車も所有しています。)。戦前から戦後にかけて、関西本線にもお召し列車が走行したことがあるようです。これは、伊勢や京都、奈良など皇室ゆかりの地が沿線周辺に多いことから、これらの地を巡る際には必ず関西本線を経由しなければならなかったためと思われます。当時は、お召し専用の客車列車を地元機関区に所属する機関車がその牽引に相応しい装飾と整備がなされて使用されたようです。関西本線ではC57型(貴婦人の愛称を持つ。)がその任につくことが多かったようで、菊の御紋や日章旗、金の縁取りなどで飾られ、各部が磨きだされたピカピカの姿でお召し用客車を牽引したようです。元国鉄機関士だった私の親戚の叔父の話では、機関区総出で機関車を磨いたとのことでした。私は残念ながら蒸気の牽くお召し列車を見たことはありませんが、昭和48年に高校総体が開催された時、旧上野市の陸上競技場で、現在の天皇・皇后両陛下が皇太子・同妃時代にサッカー観戦にお見えになり、その帰路、関西本線伊賀上野駅から乗車される際、父親と一緒にお見送りに行った記憶があります。小学生の頃なのではっきりした記憶はありませんが、その時の列車は客車ではなくディーゼル気動車だったと思います。父親の話では随分綺麗な車両で音も軽快だったと言っていました(推測するに、急行用気動車のグリーン車キロ28をご利用になったのだろうと思います。)。現在は、伊勢や奈良をご訪問になられる際は、関西本線をご利用になることは皆無で、専ら近鉄の特急用車両をお召し列車としてご利用されるようです。かつて関西本線をお召し列車が通過する時は、全国各地でそうであったように、沿線住民が小旗を振って見送られたと聞きます。そうした機会が何度も繰り返された時代もあった、お召し列車のメインルートとしても機能していた時代もあったことが、今思うと何とも感慨深いものがあります。画像はお召し用に装飾されたC57型蒸気機関車のHO模型(天賞堂製) |