ふとしたきっかけで鉄道趣味の面白さに再び目覚めた。楽しみ方は色々鉄道趣味は奥が深い。私の趣味活動をほんの少し披露し、併せて伊賀地域の鉄道の将来について考えます。
 
2007/09/30 0:00:02|伊賀線のこと
伊賀鉄道へ出発進行!

いよいよ、週明けの10月1日から近鉄伊賀線が新生伊賀鉄道伊賀線として再出発します。伊賀軌道として産声を上げて以来、合併による運営会社の変遷はあったものの、長らく大手鉄道会社による経営にあり、よもや開業91年で存亡の危機に立たされ、再び独立の道を歩み始めるとは思いもよらなかったわけであります。さて、開業前夜となったこの週末、伊賀線の様子を観察していますと、駅には伊賀鉄道○駅の看板が掲げられ、車両には今まで正面についていた行き先表示板がなくなり、忍者のキャラクターが入った小型のものが窓内側に付けられました。上野市駅舎には多数の忍者の人形が配されています。新会社移行後は乗客増に知恵を絞ることになりますが、一つの方向性が観光利用の拡大ということでしょうか。多難な船出が予想される伊賀線ですが、私は新会社に移ることで大きい期待も持っています。それは今まで大手私鉄「近鉄」の路線ではなしえなかった、地域鉄道の魅力創出です。今までの伊賀線は主に近鉄本線にお客を運ぶ支線でしかありませんでしたが、これからはその役割以上に、伊賀線が独自のアイデアで魅力ある鉄道に変貌できる可能性があるということです。これは大手ではできない地元に密着していればこそできることではないでしょうか?伊賀線に乗ること自体が楽しくなる、伊賀線に乗るために人がやってくる。沿線住民も誇りに思える。そんな鉄道に変えていかなくてはなりません。その一つの方向が、忍者の里を走る鉄道であるならば、象徴的存在である、今の忍者電車の魅力をもっと引き出すことも一策ではないでしょうか。例えば、あの外装にあわせて車内の内装を忍者屋敷をイメージさせるデザインに改造するとか、行楽シーズンには、春の忍者フェスタで市中で行っている「忍者を探せウオークラリー」や「忍術道場」的なことを駅施設と車両内で行うとか、忍術博物館を訪れる観光客向けに臨時列車を仕立てて車内で事前学習ができる忍者教室を開講する等々。忍者だけではなく、芭蕉のふるさとらしく、伊賀の自然や景観を車窓に見ながらの車内句会の実施とか、沿線の魅力を感じながら乗ることに魅力を感じる方法を沿線住民や利用者など皆で考えてみてはどうでしょうか。その積み重ねが、伊賀線を将来に引き継いでいく大きな力になるはずです。







2007/09/24 19:12:15|撮影日記
サロンカー「なにわ」が来ました。
今日は、関西本線に団体臨時列車がやって来ましたので、撮影に出かけてきました。この列車はサロンカー「なにわ」というジョイフルトレインで、前後に展望デッキが備えられ、内外装とも高級感が溢れているのが特徴です。また過去に山陰地方で天皇皇后両陛下がご乗用になられたお召し列車としても使用されたことがある車両です。関西本線には数年ぶりの入線で、沿線の撮影ポイントには早くからカメラの砲列が並び、連休中ということもあってか遠方からのファンも数多くお見えになりました。この列車は、朝に山陰本線の豊岡を出発し、京都を経由し、草津線から柘植を経て亀山までの行程で運転されました。私は関〜加太の定番撮影ポイントで、いつもご一緒いただいているtetuさん親子に今回もご同行いただきました。通過1時間前に現地に到着しましたが、既に大勢の人達が陣取っており、最近にない賑わいぶりで、時折、地元住民の方が何が来るのか?といった風で遠巻きに見られており、駐車などをめぐり、撮影者とのトラブルが起きないか少し心配になりましたが、近所の公園で警備をされていた警備員の方が機転を利かせて駐車整理をされたこともあり、何事もなく済みました。撮影者も狭い空間を譲り合うなど行儀良く整然としていたようです。そのような中、機関車の汽笛が聞こえ、列車が現れました。入り乱れるシャッター音が響き、乗客の人たちも手を振って撮影者に応えます。僅か20秒程度、私達の宴の中を主賓が通り過ぎていきました。その後、私達は亀山へ移動し、構内での入換え風景まで見学することができ大変充実した撮影行となりました。今年になって、JR西日本の団体臨時用車両の廃車が相次いでおり、関西本線での運転もすっかり少なくなっています。国鉄型ディーゼル機関車自体も珍しくなってきた中での入線でしたので、久しぶりに関西本線が活況を呈したものと思われます。この列車は明日の午後、亀山から再び加太を越えて帰っていく予定です。







2007/09/19 23:28:44|伊賀線のこと
伊賀鉄道まであと10日
新会社移行まで、いよいよカウントダウンの段階に入りました。先の日曜日に子供を連れて伊賀線に乗り、線内施設改造の様子を観察してきました。依那古や丸山駅では駅トイレが既に撤去されており更地となっていたほか、伊賀神戸駅では撤去された旧6番線の跡地に、新しく伊賀線ホームにつながるスロープの工事が進められていました。これに伴い近鉄側自動改札機は伊賀線用構内踏切の直近まで移設され、駅舎まで屋根がかけられています。伊賀鉄道用の出札(切符販売)がどこで行われるのかはっきりしませんでしたが、おそらく旧改札口周辺の改造が行われているのを見るとその辺りだと思われます。大阪線からの乗継の場合は一旦、自動改札を出て、伊賀線用スロープの改札を通ることになると思われます。当面は大阪線からは1枚の切符(乗車券)で乗れないのが残念です。それと、駅のポスターに、24日に上野市駅で写真展や記念切符の販売などのイベントを開催する旨の告知がありました。新会社移行を前に謝恩の意味があるのでしょう。また、10月1日から新ダイヤとなるようで、平日昼間に臨時運転となっていた3往復が定期列車になり、7月のダイヤ改正と合わせると計6往復の増便となります。前回の改正で伊賀神戸駅での接続が不便になった点については幾分修正されたようで利便性の向上が期待されます。新会社移行後も車両の更新など目立った変化はないのですが、近鉄最後の姿を見るためか、車内や駅に同好の方の姿が多く見られたのが印象的でした。廃線を控えた路線もこういう感じなのかなと少し複雑な気分でした。願わくば、今回に限らず、新生伊賀鉄道の応援のため、これからも伊賀を訪ねて欲しいと思う次第です。







2007/09/09 17:50:09|伊賀線のこと
伊賀鉄道まであと1カ月
10月1日から第3セクター伊賀鉄道として再出発する近鉄伊賀線ですが、これにあわせた準備が着々と進められています。まず新会社での運賃体系の見直しは国交省の認可が下り、すでに発表されました。予想通り相当な値上げとなっており、一層の客離れが心配されますが、沿線住民のマイレール意識の高揚と新会社によるきめ細かいサービスの向上を期待して、しっかりと経営を支えてほしいと思います。また、老朽駅舎の撤去など環境整備も急ピッチで進められており、新社屋となる上野市駅の改造工事や改札口を新設する伊賀神戸駅の工事も進んでいるようです。伊賀神戸駅では、今までホーム1面に対し2線の線路が敷かれていましたが、駅舎側の線路を撤去し、跡地に新しく伊賀鉄道用の改札口を設けるようです。以前報告しました広小路駅舎は8月末ごろに便所とともに撤去された模様で、跡地は工事用フェンスで仕切られており、ホーム上には新たに片屋根タイプの待合室が設けられています。(画像は現在の同駅)他の駅においても老朽便所の撤去などが進められているようです。このことに関連し、広小路、西大手駅周辺の住民などから、新たに同駅内に観光客などの利便を図る公衆トイレの設置を要望する請願が伊賀市議会に対してなされたとのことで、今後の成り行きが気になるところです。休日には近鉄最後の姿を見届けようと熱心な鉄道ファンが訪れている姿も見かけるようになりました。







2007/09/02 17:38:25|関西本線のこと
悠久の急行列車
先日、書店でレイルウエイライターとして著名な種村直樹氏が書かれた「悠久の急行列車(国鉄からJRへ)SiGnaL刊」という本を手にとった。内容は、今や風前の灯となったJR(国鉄)の急行列車を乗車したルポでしたが、巻頭の1話目が、なんと昨年3月に廃止された我らが関西本線の急行「かすが」号にお別れ乗車した記事でした。早速購入して読み始めたところ、氏は廃止直前の3月15日に奥様と奈良から東京までの帰路に乗車されたとの由、同じダイヤ改正で廃止された寝台特急「出雲」号に東京から鳥取まで乗車され、その帰り道に「かすが」号に乗車されたそうです。もともと、列車の廃止や路線の廃線にあわせてファンが詰め掛ける、お名残乗車には否定的な考え(本文中でも“死期が近そうだからと聞いて駆けつけ、「いい人だったのに」と言いながら酒を飲むような真似はしたくない”と述べられている。全く同感!)の方なのですが、関西出身で「出雲」号や「かすが」号に馴染みがあり、これだけはこだわりがあったからとのことでした。さて、「かすが」号に関わる記事の中では、興味深い点がいくつかありました。たとえば、当初、無名の準急列車であった「かすが」号にはじめて愛称がついた、昭和33年10月改正号の時刻表にその名称がなく、翌月号に初めて記載があったこと(当初から不運な列車だったことを暗示しているとは言い過ぎか。)や、昭和40年、関西本線に登場した特急「あすか」号に乗車した際に、あまりの乗客の少なさに、食堂車の従業員が全員客席に座っており、食事に来た氏を見て、一斉に立ち上がったことなどは、とても笑えない話ではあるが、短命であったこの特急列車の事情を知る上で貴重なエピソードだと思います。また、廃止直前の「かすが」号車内は満席に関わらず、妙に静かで誰も口をきかないのが、まるでお通夜の様だったと言うことでした。そう言えば、私も“最終”「かすが」号に乗車したとき、車内の様子はそんな感じだった気がします。やっぱり楽しい旅とは言い難いものだったのでしょう。かつて、幹線からローカル線まで全国津々浦々に走っていたJR(国鉄)の急行列車、手軽な優等列車として重宝されましたが、今はもう絶滅寸前にまでなってしまいました。本書は、既に廃止になった急行列車の、旅の思い出が詰まった貴重な1冊と言えます。画像は昭和53年頃の上り急行かすが4号(伊賀上野〜佐那具)