ふとしたきっかけで鉄道趣味の面白さに再び目覚めた。楽しみ方は色々鉄道趣味は奥が深い。私の趣味活動をほんの少し披露し、併せて伊賀地域の鉄道の将来について考えます。
 
2007/10/28 22:47:49|遠征記
鉄道の日“関東遠征”その3
那珂湊駅で出会ったクリーム色に赤帯の旧国鉄準急色のディーゼルカーは、廃線になった北海道の留萌鉄道の車両で、旧国鉄のキハ22に準じています。茨城交通が払い下げを受け、キハ2004という型式番号が付けられました。2年ほど前に塗色変更されましたが、この車両そのものは準急色に塗られたことはなく、折からの国鉄色リバイバルブームに乗った感があります。これもファンサービスの一環なのでしょうか。しかも、意外にもこのカラーが似合っていて、とてもいい感じなのです。昭和30年代頃、当時の国鉄では、高性能ディーゼルカーの実用化にメドが立ち、全国の主要な非電化路線にキハ10系や20系、55系などの型式が投入され、特にキハ55系は都市間連絡用や観光用に設定された準急列車に使用され、このクリーム色に赤帯の準急色で活躍したとのことです。関西本線でも「かすが」の準急時代は、準急色のキハ55系や10系が名古屋〜湊町(現JR難波)間を疾走していたとの記録があります。
この茨城交通キハ2004は、ヘッドライトの両側にタイフォン(警笛)が付いているなど、外見的にキハ55に似ていることからこのカラーが選ばれたとも言われています。恐らく、全国に残る旧型ディーゼルカーで準急色を纏った車両は、これ1両のみではないかと思います。さて、私の乗った旧国鉄一般色のキハ205は那珂湊駅を発車し、のどかな田園風景を車窓に映しながら、海辺の終着駅阿字ヶ浦に到着します。(つづく)







2007/10/19 23:58:49|遠征記
鉄道の日“関東遠征”その2
到着したキハ20は折り返し阿字ヶ浦行きとなる列車で、単行(1両編成)列車でした。その昔、関西本線でも走っていたこの車両、車内の雰囲気は当時とほぼ同じで簡易型のクーラーが目立つもののJNR(国鉄)の扇風機も栓抜きも健在です。DMH17型と呼ばれるエンジンの懐かしいサウンドを少し窓を開けて聞いていました。やがて車内はほど良く席が埋まり発車となりました。近在の人、観光客、私と同じ鉄な人などを乗せてエンジン音を高らかに響かせゆっくりと動き出しました。暫らく常磐線と併走したあと、左にカーブし、住宅や工場のある市街地の中を走り抜けます。片側ホームの小さな駅をいくつか過ぎて、やがて田園地帯や森の中に進みます。このあたりは海に近く、平坦なところが多いため、軽快に走ります。非電化単線のローカル私鉄とはいえ、線路など軌道はしっかりしているようで、コンクリート枕木も多く使用されています。お陰で不快な揺れもなく快適な乗り心地でした。高速道路の高架をくぐると湊線の拠点駅である那珂湊に到着します。ここには車両基地が置かれ、全ての車両が集結しています。また線内唯ひとつの列車交換可能駅で、ホームは2面あります。張り出しの大きな風格のある駅舎と構内踏切、駅前には古い日通の事務所があるなど一昔前の地方駅の雰囲気そのままと言った感じです。ここで勝田行きの上り列車と行き違い待ちをします。ホームに待っていたのは旧国鉄の準急色に塗られたディーゼルカーでした。つづく







2007/10/18 23:17:42|遠征記
鉄道の日“関東遠征”その1
10月14日は鉄道の日でした。私は13日に別の用事で上京することになり、14日はフリーにして関東地区の鉄道を楽しんできました。この日は丁度、埼玉県さいたま市の大宮に鉄道博物館がオープンする日でもあり、そちらに少し心が動いたものの、オープン初日は大混雑が予想されるため、また別の機会に訪れることにし、以前から行ってみたかった、茨城県の茨城交通湊線を訪ねることにしました。この路線はJR常磐線の勝田から延びる全長14キロ程の非電化単線のローカル私鉄です。この路線の魅力は何と言っても、旧国鉄型のディーゼルカーが現役で活躍していることで、国鉄出身で朱色とクリームの国鉄色を纏ったキハ20型、北海道の廃線になった私鉄からやってきた2両のキハ20型が合計3両働いており、後の2両も旧国鉄色、旧国鉄準急色と呼ばれるカラーを纏っています。これらの車両が行き交う路線の風景は緑豊かな田園地帯であり、大正2年開業の鉄道らしく古めかしい駅舎やホームなどかつての国鉄非電化ローカル線を思い起こさせる雰囲気に満ちています。この日、2両の旧国鉄型車両が終日運行されるとの情報を得ていましたので、朝から上野発の常磐線特急「スーパーひたち」号に乗り込み、勝田を目指しました。上野から勝田までは約1時間あまり、東京都心からでも決して遠くはありません。勝田は水戸の一つ隣の駅でJR東日本の車両センターもあり、新しい橋上駅舎を備えています。この地はかつて勝田市を名乗っていましたが、10数年前に隣の那珂湊市と合併し、ひたちなか市となりました。今の市の中心が勝田駅の周辺になっています。茨城交通湊線はこの勝田から旧那珂湊市の中心、那珂湊を通り、海水浴場で有名な阿字ヶ浦を結んでいます。
勝田駅の切り欠きホームである1番線が茨城交通の発着線ですが、JRのホームとは柵で仕切られ、小さな出札口が設けられただけの簡素な佇まいです。私は1日乗り放題のフリー切符を購入し、僅か数人の客と列車を待ちました。待つこと10分、やって来たのは懐かしいツートン色のキハ20型でした。(続く)







2007/10/05 22:27:47|撮影日記
修学旅行臨時列車(秋編)

関西本線を経由し、参宮線の鳥羽まで運行される恒例の修学旅行臨時列車が、この秋も運転が始まりました。このブログでも既に何度かご紹介させていただいておりますが、この列車は春と秋の2度それぞれ約1か月程度、神戸・姫路地区の小学生を乗せ伊勢志摩方面に向けて学校休業日以外の平日に運転されています。春は関西本線の奈良〜亀山間、秋は柘植〜亀山間でその姿を見ることができます。181系特急型ディーゼルカー6両で運転されるようになってから早や6年以上経ちましたが、今も変わることなくその重厚な走りを見せてくれています。この秋の運転は昨日から始まり、今日は復路(帰り)の便が加太峠を越えて戻っていきました。私は、振り替え休日を利用し、午後から関〜加太のポイントで撮影してきました。平日ではありましたが、同好の方が沿線の撮影ポイントに陣取られており、ここでも先客が既にお見えでした。かつての鳥羽・姫路快速を髣髴とさせるこの列車、これからも子供達の思い出を乗せて走り続けて欲しいと思います。







2007/10/01 23:17:28|伊賀線のこと
伊賀鉄道開業!

いよいよ本日、“新生”伊賀鉄道が開業しました。記念式典は午前9時半から上野市駅前にて行われ、伊賀上野白鳳太鼓の演奏とともに賑やかに幕を開けました。セレモニーに続いてホームでは、10時33分上野市駅発伊賀神戸行き記念列車の出発式が行われました。出発式では関係者のテープカットのほか幼稚園児によるくす玉割があり、伊賀鉄道社長の発車合図により、拍手喝采とカメラのフラッシュを浴びながら記念列車が出発しました。記念列車は赤忍者編成が充当され、上野高校鉄道同好会前部長によりデザインされた開業記念のヘッドマークが掲げられました。上野市駅などでは、開業記念のグッズが用意され、中でも伊賀焼で作られた、500個限定の乗車券は早朝からの販売に大勢の人達が列を作り、3時間ほどで完売したそうです。そのほか、キーホルダーやピンバッチなど伊賀線始まって以来の多数の記念品が販売されました。また、近鉄による運行最終日となった昨日の伊賀神戸発最終列車では、ささやかなセレモニーが行われたようで、乗務員への記念品の贈呈やヘッドマークが掲げられたとのことでした。何はともあれ、色々な課題はありますが、本日の無事の船出をお祝いし、市内に出来た唯一の鉄道を皆で応援していこうではありませんか。