ふとしたきっかけで鉄道趣味の面白さに再び目覚めた。楽しみ方は色々鉄道趣味は奥が深い。私の趣味活動をほんの少し披露し、併せて伊賀地域の鉄道の将来について考えます。
 
2008/03/02 22:24:00|遠征記
山陰、但馬乗り鉄の旅(その3) 

(つづき)香住駅に到着し、代行バスの確認をするも、手配が出来ていないらしく、駅本屋の待合室は足止めされた大勢の乗客たちで溢れていました。後続の特急「はまかぜ1号」も香住折り返しとなり、「はまかぜ4号」として出発するまでの間、暖房の効いた車内を待合室として開放するとの案内がありました。餘部鉄橋での列車転落事故以来、基準以上の風速を計測した場合は列車の運転を見合わせることが多くなり、すっかり列車代行に慣れているはずと思っていましたが、運転休止から2時間以上経っても手配できないのはお粗末な対応と言われても仕方ありません。外は風雪が次第に強まっており、運転再開のメドも立たず、代行バスの運転も分からない状態では、帰りの時間も気になるためここで引き返すことにしました。ホームにいると冷たい風で顔や耳が痛くなるほどです。建て替え工事前の餘部鉄橋を見ておきたいという気持ちもありましたが、無理をして行く必要もないので、城崎温泉駅まで戻り、駅前の立ち寄り温泉で冷えた体を温めのんびりしようということになりました。東京から夜行を乗り継いで餘部鉄橋を目指してやってきたという2人の鉄ちゃん(鉄道ファン)は、明日までの行程のため運転再開まで待つとのことでした(健闘を祈る!)。城崎まで戻る普通列車から時折見える日本海は、波も高く荒々しい姿となっていました。これでは今日の復旧は難しいかもしれません。餘部鉄橋はこうした自然の猛威に弱いため、列車運行の安定確保を図る目的から建て替えされることになったのですが、すでに鉄橋を渡る特急などの優等列車は、東京発の寝台特急「出雲」の廃止など近年大幅に激減し、今や大阪〜浜坂・鳥取間の特急「はまかぜ」が2往復するだけになっています。大都市と鳥取、島根を結ぶ幹線ルートは智頭急行線や伯備線経由にとってかわられ、普段は短い編成のディーゼルカーが普通列車として行き来するだけとなっています。また、立て替えを機に鉄橋自体が脚光を浴び、産業遺産ともいえるこの鉄橋をひと目見ようと、ファンだけではなく多くの観光客が押し寄せているとも言います。このことは、建て替えを計画した当初の想定とは全く逆の皮肉な結果と言えるでしょう。建て替え工事が済めば、今の鉄橋は取り壊される予定です。建て替えを止める理由はありませんが、今の鉄橋を後世に伝えるべき近代産業遺産として保存活用できれば、但馬地方の地域振興にも役立つのではないかなとあれこれ考えているうちに城崎温泉駅に到着。極上のお湯に浸かりながら至福のひと時を過ごしました。災い転じて福とはこのことかな?(つづく)







2008/02/26 22:56:40|遠征記
山陰、但馬乗り鉄の旅(その2)
(つづき)城崎温泉駅で、浜坂行きの普通列車に乗り換えるまで少し時間があるため、改札を出て駅構内の売店に昼食用の駅弁を買いに行くことにしました。特急から下車した客が大勢たむろする中、駅のアナウンスが聞こえてきました。〜本日、餘部鉄橋、強風のため香住−浜坂間の列車の運転を取り止めております。ご利用の皆様には大変ご迷惑をおかけします〜 えーっ!何ぃ!うそぉ!一瞬耳を疑いましたが、駅構内の液晶表示板にも同じことが書かれています。確かに今日の天気は下り坂と予報されていたのは承知していましたが、まさか強風で餘部鉄橋の通過が抑止されているとは知りませんでした。駅員に確認すると復旧の可能性は少ないとのこと。迷った挙句、とりあえず普通列車に乗車して香住まで移動し、その先で待って、運転再開に一縷の望みを賭けることにしました。しかし期待を嘲笑うかのように、次第に風雪が強くなってきました。気を取り直して、先ほど購入した駅弁を車内で食べることにし、再び列車の旅を楽しむことにしました。城崎温泉駅から乗り込んだ浜坂行き改め香住行きの普通列車は、こちらも旧国鉄時代から使用されてきたキハ47型ディーゼルカーの2両編成でした。車齢約30年ほど経ちますが、内外とも更新工事がなされて、現代の設備水準にまで改造されています。車内は向い合わせのボックスシートが多く並ぶ構造で、程よく暖房が効き快適でしたが、車内と壁で仕切られたデッキ付きではないため、両開きのドアが開くと風雪が車内に入り込みます。そのため、客が乗降する間のみドアの開閉は押しボタンで乗客自らが操作する寒冷地仕様となっています。この駅から先の区間は殆どが非電化単線区間で、正に偉大なるローカル線の異名を持つ山陰本線の真骨頂です。日本海に面した小さな漁村を、長いホームと古びた駅舎、レンガづくりの古いトンネル、餘部鉄橋に代表される古い橋梁でつないだ細い鉄路が結んでいます。私達は、先ほど購入した城崎名物のカニ釜飯弁当をほおばりながら、しばし汽車の旅を楽しみました。(つづく)







2008/02/24 16:59:48|遠征記
山陰、但馬乗り鉄の旅(その1)

昨日の土曜日、趣味仲間のtetuさんと架け替え工事の始まった山陰本線の餘部鉄橋を目指して出かけてきました。ルートは、関西地方のJR線で未乗区間を解消する目的もあるため、まず近鉄で京都まで出て、山陰本線を乗り通すことにし、帰りは最後の181系ディーゼルカーによる特急「はまかぜ」号で播但線を完乗し大阪まで戻ることにしました。京都からは特急「たんば」で終点の城崎温泉まで乗車します。車両は旧国鉄時代から使用される485系特急電車を改造した183系電車です。山陰本線は京都市から兵庫県の但馬地方、鳥取、島根、山口県と山陰地方を横断する長大幹線ですが、電化や複線化など近代化の進捗は遅く、まだ一部区間しか整備されていません。電化区間も京都から城崎温泉までと米子や出雲市の一部区間だけです。殆どの区間が本線とは名ばかりローカル線然となっています。かつては全線を直通する列車もありましたが、現在は京阪神と北近畿地方の都市や観光地を結ぶ特急や岡山などの新幹線接続駅と中国地方の主要都市を結ぶ特急の経由路線として機能しており、それ以外は山陰地方の中小都市を結ぶローカル輸送に徹しています。私達の乗った特急「たんば」は園部、綾部、福知山など京都府北部の主要都市、但馬地方の中心都市である豊岡などを結び温泉地で有名な城崎温泉を目指します。都市部以外は山村の長閑な車窓を眺めながらゆっくりと進みます。電化はされているものの単線区間が多いため行き違いも多く、カーブが多い線形のため速度は上がりません。昭和47年製の国鉄型車両を使用していることもあり、懐かしい汽車旅の雰囲気です。この列車には舞鶴線へ直通する特急「まいづる」を併結していて、綾部駅で分割併合します。少し前まで京都府内の山陰本線に接続する支線区は殆どが非電化路線でしたが、平成に入ってから山陰本線、舞鶴線、第3セクターの北近畿タンゴ鉄道宮津線、小浜線が相次いで電化され、電車運転によるネットワークが完成しています。これは京都府はじめ沿線自治体が京都府北部地域の振興のため、鉄道の電化推進に積極的で、公的支援がなされたことが大きかったためと聞いています。京都から2時間あまり、列車は終点の城崎温泉駅へ到着しました。私達はここで衝撃的な情報に接することになりました。(つづく)







2008/02/19 22:10:15|撮影日記
消え行くもの

来る3月15日、JR各社などの大幅なダイヤ改正が予定されています。近年、大きなダイヤ改正の度に長年親しまれた名列車が廃止される傾向が続いています。今回も関西〜九州間寝台特急(ブルートレイン)の「なは」「あかつき」や東京〜大阪間寝台急行「銀河」が廃止されます。また、列車廃止は免れたものの大阪〜青森間寝台特急「日本海」や東京〜札幌間寝台特急「北斗星」も1往復運転に減便されることが決まっています。夜行寝台列車はかつては動くホテルと呼ばれ、時間を効率的に使い快適に移動出来る交通手段として人気を博し、私達の世代では少年時代にブルトレブームというものも起こり、多くの少年ファンが駅のホームでカメラを構えたものでした。しかし最近では、航空路線や新幹線、格安の夜行高速バスなどの利便性が高まり、所要時間や運賃面、車両設備の陳腐化等により次第に競争力を失っていきました。最近は利用者の減少に伴って、かつてはどの列車にも連結されていた食堂車も消え、車内販売も行われないなど列車自体の魅力も薄れていました。名列車が消えるのも寂しいですが、もっと寂しいのは、これらの列車の後をうけて、夜行寝台列車に何らのテコ入がなされないということです。改善することなくただ廃止するだけということが何とも寂しい話です。また、この他にも経営難に喘いだローカル私鉄も消えていきます。兵庫県の三木鉄道、雲仙普賢岳の噴火被害から復活を遂げたばかりの島原鉄道の一部です。ダイヤ改正での話題はどうも暗い話が多い感じがします。ダイヤ改正が近づくと、今度はどの列車が消えるのかな?あの路線は大丈夫かな?と言った、期待よりも心配が勝ってしまうのが昨今の傾向です。そしていつも心配するのが、消え行く列車、路線を追いかけて撮影などにヒートアップする熱心なファンの人たちです。列車の安全運行を阻害しかねない行動が目立ちます。私もファンの一人、気持ちはよく分かるのですが、安全運行に協力することがファンとして最も大切なことだと思います。何はともあれ、あと一月弱、最終日まで有終の美を飾ってほしいものです。







2008/02/05 23:41:28|鉄道模型その他
世界の車窓からー憧れの鉄道模型ー
今日は、外国の鉄道模型のお話です。私、外国の鉄道にも興味がありまして、中でもドイツやスイスなどヨーロッパで鉄道王国と言われる国の車両に大変惹かれます。そんな訳で所有している鉄道模型にもヨーロッパ型の車両が幾つかあります。掲載した画像の車両もその一つで、これはドイツ国鉄の01型と呼ばれる蒸気機関車のHO鉄道模型です。かつて急行列車を牽引した名機で、非常に人気のある機関車と言われています。日本で言うとC62型のような存在でしょうか。実物は残念ながら見たことがありませんが、大きなボイラーに赤く塗られた下回り、スポーク形状の大きな動輪など、その迫力は模型でも伝わってきます。この模型はドイツのフライシュマンというメーカーの製品で、結構古い製品と思われますが、とても良く出来ています。実は、今年の正月明けに大阪の専門店でジャンク(がらくた)同然に売られていたものを買ったものです。相当汚れていたのですが、テストではまあまあ動いたのと、ライトもきちんと点灯したので、そのまま引き取り、自分で少し整備したところ見映えも良くなり、調子よく走行するようになりました。この機関車の後ろにちょっと顔が見えるのは、同じドイツの103型電気機関車で、かつてTEE(TransEuropeExpress)と呼ばれた国際特急を牽いた機関車です。こちらは東京の専門店で中古で買いました。私が、外国型車両に興味を抱いたのは、今思えば小学生の頃、近所の玩具店がドイツの模型メーカーメルクリン社の取り扱いをしていたことがあって、ショウケースに入ったジオラマを毎日のように見に行っていたことがきっかけだったように思います。メルクリンと言えばドイツでは最も有名なメーカーで、鉄道模型に興味がなくてもその名前は知っていると言われるくらいメジャーなのです。日本でも大都市のデパートや専門店しか扱わないそのメーカーの製品を伊賀の片田舎のお店が取り扱っていたこと自体が凄いことなのですが、当時の自分の小遣いではまともに買えるはずもなく、指をくわえて見ているだけでした(でも、貨車を1両だけ買った覚えがあります。失くしてしまいましたが。)。見たこともない外国の鉄道の精巧な模型を目の当たりにしてしまった感動が40歳を過ぎた今になって再燃しているということでしょうか。