自宅の物置となっていた部屋を片付けていて見つけた一枚です。いつ撮影したものかは判然としませんが、恐らく高校生の頃に撮ったものと思います。当時、写真部に属していて、既に鉄道趣味からは遠ざかっていましたが、鉄道好きのDNAがこうした写真をときおり撮らせたのか、或いは、伊賀線の電車に上野城という取り合わせは、伊賀路の象徴的なシーンだと思っていましたので、自然とこういうアングルで撮ったのかなと思います。今、同じ場所でこの写真を撮ると、背後に道路の高架橋が写ってしまいます。この写真を撮った数年後に建設されたものと思いますが、後に整備され綺麗になった旧小田小学校や俳聖殿の特徴的な屋根がちらりと見える素晴らしい景観をその無粋な道路は、やはり台無しにしてしまっていて残念です。何年か前に上野の景観を考えるシンポジウムでパネリストが同じ場所の、道路橋が写った写真を見せて、この橋を爆破させたいくらいだと言っていたのを思い出します。しかし今やその道路は、旧市街地と新しく商業地と化した地区を結ぶ大切な生活道路として機能しています。一方で良い景観は私達の心を潤す大切な財産です。当時、もう少し知恵があれば、せめて色彩、デザインだけでも配慮できたことと思いますが、今、問題となっている道路特定財源で建設された道路ならば、全国どこにでもあるような無機質なモノしかできなかったのでしょう。一般財源化され地方が自由に使う財源ならば、地域に相応しいデザインにすることができるのでしょうが、昨今の状況では道路建設そのものができるのかどうか怪しい感じです。伊賀線も大手私鉄の下を離れ、地域密着型の鉄道となりましたが、もっと地域の特色を生かして、地域に合ったデザインを進めて欲しいと願っています。 |