ふとしたきっかけで鉄道趣味の面白さに再び目覚めた。楽しみ方は色々鉄道趣味は奥が深い。私の趣味活動をほんの少し披露し、併せて伊賀地域の鉄道の将来について考えます。
 
2009/12/15 0:54:11|遠征記
城東貨物線赤川鉄橋を訪ねて 

 先日、大阪の阪急淡路駅近くにある、JR城東貨物線赤川鉄橋に行って来ました。なぜ、“わざわざ”鉄道の鉄橋を見に行ったのかと言いますと、赤川鉄橋は、国内でも恐らく唯一と思われる鉄道と人が通る人道橋との併用橋で大変珍しいということと、手を出せば届くようなすぐ横を貨物列車が日に数度、轟音をたてて走り抜けるという摩訶不思議な日常の空間が展開されているのを見てみたかったこと、城東貨物線は単線電化の貨物専用線なのですが、近い将来、久宝寺〜放出間を結ぶJRおおさか東線の延伸に伴い、複線化され旅客線にする計画があり、工事の進捗と同時にこの人道橋も廃止される運命にあることから、今あるうちに見ておこうということで“わざわざ”行って来た訳なのです。
 この橋は、淀川に架かる橋で結構、川幅もあり、歩いて渡りきるには早足で7〜8分かかります。橋の欄干には赤川仮橋という「正式」名がついているのですが、「仮」と言うとおり、当初から恒久的な橋ではなかったようです。
 さて、現場に着いてみると、既に何度も写真などで目にしていましたので、凡そイメージどおりの景色でしたが、驚いたのはその通行量の多さです。幅員が狭いため、クルマの通行は出来ませんが、歩く人の多さに加えて、自転車に乗ったまま通行する人もかなり多く、挙句の果てはミニバイクでかっ飛んで行くつわものもいました。本当は自転車も押して歩くのがルールですが、守っている人は殆どいません。本来の道路橋は少し離れたところにあるため、地元住民を中心に回り道を嫌ってこの橋が利用されているのでしょう。複線化工事で使えなくなったらブーイングが起きそうですね。
 貨物列車が通るのは日にたった5往復程度です。時刻を調べていないと“遭遇”できないのですが、調べていても日によっては運休したりとなかなか出会う機会は少ないようです。この日も予定していた2本のうち1本は運休のようでした。しかし、最近は物珍しさが手伝って、鉄道雑誌などでも紹介されることが多いことから橋と列車を絡めて撮影に訪れる人が多いのだそうです。
 鉄道好きでなくても一見の価値はあるかと思います。しかし行かれる方はくれぐれも“暴走”自転車には気をつけてください。







2009/11/27 21:29:25|伊賀線のこと
伊賀線の新車がやって来た!(その4)
 24日に構内試運転を行った伊賀線新車両(200系)は、翌25日から3日間、上野市〜伊賀上野間の昼間の列車を運休し、本線試運転を行いました。主に、西大手〜新居間の一部区間で保安装置への影響を確認する作業が行われ、約200メートルぐらいの距離を繰り返し往復する様子が見られました。12月からは上野市〜伊賀神戸間でも試運転が始まるとのことで、本運転に向けた準備が本格化するようです。
 また、12月22日には沿線住民へのお披露目ということでしょうか、無料の試乗列車を2往復運転するとの粋な計らいも計画されているようです。







2009/11/25 0:05:58|伊賀線のこと
伊賀線の新車がやって来た(その3)
 来月下旬の運行開始に向けて、上野市駅構内にある車庫で整備されていた伊賀線の新車両(新200系こと元東急電鉄1000系)は、忍者編成への変身作業(ラッピング)をほぼ終え、後は本線上での試運転を待つばかりとなったようです。

 今日は、構内の線路を利用し、日中から夜にかけて多くの作業員が見守る中、直線部分を前進・後進しながら試運転が行われていました。
 夕方からは正面に被せられていたカバーが外され、新しい「くの一」のお顔を拝むことができました。新しい顔の印象は、今まで以上に“男前”な眼差しで、側面の大きな瞳も見た者を一層惹きつけます。
 自走している姿は、初めて見ましたが、新性能車両独特の走行音やブレーキの音も伊賀線の新時代到来を実感するものでした。

画像=上野市車庫構内線で試運転する新車両(24日夜)







2009/11/22 18:32:58|鉄道模型その他
名松線部分廃止決定に思うこと。 
 先月8日未明に東海地方を襲った台風18号は、山間の急峻な地形を縫うように走るJR名松線(松阪〜伊勢奥津間43.5km)に甚大な被害を与えました。軌道への土砂流出が多数起こり、復旧の可能性を探っていたJR東海は、比較的被害の少なかった松阪〜家城間を復旧させたものの、同月29日に最も被害の大きかった家城〜伊勢奥津間17.7kmを部分廃止しバス輸送に転換する方針を関係自治体等に通知しました。

 この予期せぬニュースを耳にしたとき、鉄道を愛する者の一人として非常に残念な想いがしたのと同時に地方鉄道の現実を思い知らされた気がしました。
 名松線は、国鉄時代にも第2次廃止対象路線となり、また昭和57年に起こった災害時も一時は復旧を断念しバス輸送とする提案がなされてきました。しかし、沿線の旧美杉村などが熱心な存続運動を展開し、地元の熱意と代替道路が未整備であったことから廃線を免れ、国鉄民営化後もJR東海に引き継がれ経営が続けられてきました。廃線の危機を幾度も乗り越え、もう心配はないだろうと誰しもが思っていた矢先の出来事でした。

 廃線問題の最大の原因が台風被害であるものの、近年の利用状況は国鉄時代以上に悪く、家城〜伊勢奥津間では1日90人の利用しかなかったとのことです。悪い言い方をすれば、この実態がありながら既に沿線にはかつてのような存続運動の熱意はなく、恐らく路線活性化への取り組みも少なくなっていたのではないでしょうか。JR東海は結果として冷徹な企業の論理でこの災害を機に不採算路線を整理したいということでしょう。また、沿線自治体は平成の大合併で津市と松阪市に統合され存続運動の中心であった雲出川沿いの町や村は統合され、巨大化した自治体の中では一部地域に特化した課題は優先されにくい事情も影響していると思われます。加えて、沿線地域の少子高齢化の進展により、山の管理が行き届かず治山が疎かになっていたことも土砂被害を大きくしたと言われています。このように考えると、必ずしも自然災害だけが今回の問題を引き起こしたとは考えにくく、極めて人的な要因による部分も否定できないと思われます。

 名松線のみならず、最近では九州の第三セクター鉄道であった高千穂鉄道も同様に廃線に追い込まれた事例がありますし、今後もこのようなことが起こる可能性が十分考えられます。伊賀地域を走る関西本線も今までに土砂被害で長期不通になったことがあり、激しい雨では運転が抑止されることがしばしばあります。伊賀線は昭和57年の災害で桑町駅そばの橋脚が流され長らく不通になったことがあります。社会的に不通状態が大きな影響となる幹線や都市部の鉄道ならば、需要と復旧にかける費用の均衡がとれているためこうした問題は起きないものの、地方鉄道には(特に自然災害を受けやすい路線は)こうした問題を抱える恐れが常にあることを沿線地域は認識する必要があります。
 また、沿線地域がその鉄道を必要とする熱意を常に事業者に伝え、活性化に向けたテーブルを持ち続けることが重要だと思います。事前の相談なくいきなり提案を受けたとて既になす術は限られます。鉄道事業者と常に連携する環境を整えていれば、こうした不測の事態にも対応を考える余裕ができるでしょう。

 今回の問題で考えさせられることは沢山あると思います。
 とにもかくにも名松線の赤錆びたレールに再び列車が走り、輝きを取り戻して欲しいと願わずにはいられません。
 
 画像=左からSL時代の給水塔が未だ残る終着駅伊勢奥津駅 現在の主力車両キハ11、線内唯一の列車交換駅である家城駅では駅員が直立不動で安全を確認する姿が見られる。







2009/11/15 18:15:49|関西本線のこと
今秋の修学旅行臨時列車

 毎年春と秋の2回、関西本線に運転される姫路地区小学校の修学旅行臨時列車(姫路地区〜奈良〜鳥羽)が今秋も運転されました。
 
 今や国鉄特急型車両(181系)で運転される貴重なこの列車も、使用されている車両が再来年春に本務の定期特急列車「はまかぜ号」(大阪〜鳥取・浜坂)から引退すると発表されており、車両の去就が注目されています。引退後も臨時、団体専用車両として存続するのかどうかでこの修学旅行臨時列車の存続も左右されそうです。JR西日本には臨時、団体専用列車に使用できる車両は限られており、新しく「はまかぜ号」に投入される特急型車両が使用されるかどうかも分かりません。また、阪神なんば線開業による近鉄の姫路乗入れ構想も影響しそうです。
 
 私は、昭和の早い時期から運転されてきたこの伝統のある修学旅行列車を少しでも記録しようと、先月中旬頃から沿線に繰り出してきました。今シーズンは、新型インフルエンザの猛威で春の予定分が延期になったこともあり、通常、学校休業日の土曜日には運転されないのですが、復路が土曜日に設定される便もあり撮影しやすい日が増えました。

 最終日は、昨日の14日(土)でした。私は事前情報どおりの時刻に撮影にでかけましたが、関西本線恒例の昼間工事運休の影響で時刻が変更になったらしく一向に姿を見せず、結局、ほかの予定もあったので撤収せざるをえませんでした、その後の情報で2時間遅れの運転だったことが判りました。今年最後の機会を逃してしまいましたが、昨日のリベンジは、必ず来年の春に果たしたいと思います。