ふとしたきっかけで鉄道趣味の面白さに再び目覚めた。楽しみ方は色々鉄道趣味は奥が深い。私の趣味活動をほんの少し披露し、併せて伊賀地域の鉄道の将来について考えます。
 
2009/10/31 17:47:02|伊賀線のこと
伊賀線の新車がやって来た!(その2)

 30日にトレーラーで伊賀の地に陸送された伊賀線の新車(元東急1000系2両)はその夜に、待機場所の伊賀サービスエリアから比土駅の作業場まで運ばれました。31日には2台のクレーンを使って、ほぼ日中を要して1両ずつ同駅の側線にレールオン。これでようやく伊賀線の線路上に新車が入線しました。
 私は、友人とこの日の未明に行われた上野市車庫までの回送風景を見ようと同日の最終電車が通り過ぎた頃から、比土駅の周辺で作業開始を待ちました。

 暫くして、上野市側から牽引に当たる860系が2両×2(青忍者編成+レトロ塗装編成)の4両編成でやってきました。普段は2両編成の列車しか見ない伊賀線で4両編成の列車を見るのは稀なことです。この牽引列車は一度、比土駅を通過し、伊賀神戸で折り返してから比土駅の北側で停車。その後、大勢の係員の誘導により、新車編成が留置された側線に入り、慎重に連結作業が行われました。
 気が付くと周囲には、この時間帯に回送されることを予想した熱心なファンが集まり盛んにシャッターを切っていました。

 連結作業を終えた回送列車は、伊賀線最長編成ともいえる6両編成で上野市車庫へと発車、私達は走行シーンを見るため、先回りして猪田道〜桑町駅間のポイントで待機し、回送列車の通過を見守りました。続いて、上野市駅まで移動し車庫への取り込み作業を見学しました。この時間で深夜2時過ぎでしたが、結構多くのファンが集まっており、伊賀鉄道の社員の方々も撮影者に対し、“貴重な記録なのできちんと撮ってくださいね”とか、上野市駅手前の国道踏切で運悪く止められたバイクのおばちゃんにも、“これ新しいクルマなんですよ、忍者列車になるんです。”と気さくに話しかけるなど、皆さん新車の入線を喜んでおられるのを感じることが出来ました。
 
 牽引された新車編成は乗り心地を良くする空気バネ台車を使用しているため、特徴あるシューシューといった音をたてており、
早くその乗り心地を堪能したい気持ちにかられました。新たに設置されたクロスシートに腰掛けて見る車窓はきっと違って見えることでしょう。装いも新たにデビューするのがとても楽しみです。

画像上から、牽引役の860系レトロ編成が新車編成に連結された一瞬。深夜の上野市駅前踏切を通過する新車編成回送列車。上野市駅構内で一旦停止。上野市車庫に取り込まれ新車編成







2009/10/29 17:18:54|伊賀線のこと
伊賀線の新車がやって来た!

 伊賀線に導入される新車両が、はるばる東京からトレーラーによる陸送で伊賀にやってきました。既に新聞報道もありましたが、今月26日に東急電鉄の長津田工場を出発し、一般道を使用して市内の搬入場所に到着。クレーンを使って線路の上に載せられた後31日に上野市車庫に収容される予定です。トレーラーによる陸送は長尺ゆえに昼間は走行できず、また高速道路も使用しないで夜間に走行するため、何日もかけて運ばれるのですが、ようやく本日、伊賀の地に入りました。
 私は偶然にも、市内某所に車両を積んだトレーラーを発見し、持ち合わせたカメラで貴重な記録をすることができました。
 車両は、予想通り元東急電鉄の1000系で今回の第1陣は2両1編成です。伊賀鉄道向けに随所に改造がされた様子で、屋根上には東急時代にはなかったパンタグラフが2個装備され、車内は1両8席分のクロスシート、整理券発行機、運賃表示を兼ねた車内案内表示機が設置されていることなどが確認できました。
 外見は、ステンレス車体に東急時代の赤帯を巻いていますが、これは、上野市車庫で新忍者電車としてラッピングされる予定です。
 線路上に乗せられるのは、どこか?推理してみるのも面白いかもしれません。トレーラーの大きさなどからして上野市車庫では無理そうですね。
 早く線路上の姿を見てみたいものです

 
 画像は、トレーラーに載せられた新車両です。こんな感じで運ばれるのですね。車両の“顔”は傷防止のためか?カバーされていて見ることはできませんでした。







2009/10/22 0:00:06|遠征記
東海道本線美濃赤坂駅訪問
 JR大垣駅(岐阜県)から、通称“赤坂支線”と呼ばれる僅か5kmの東海道本線の盲腸線が出ています。
 盲腸線とは言い得て妙で、正に本線から盲腸のように突き出た格好の路線のことを指していて、赤坂支線はその典型とも言えます。
 
 大垣駅にはJR東海道本線豊橋方面とを結ぶ新快速列車や米原方面への区間列車、第3セクターの樽見鉄道やすぐそばに養老鉄道線も乗り入れており、多くの乗降客で賑わいますが、米原方面へのプラットホームを少し切り欠いた短い専用ホームから、赤坂支線の終点美濃赤坂駅行きの普通列車が発着しています。
 使用されている主力車両は、JR東海の近郊型電車の標準である313系電車の2両編成で、日中おおむね1時間に1本程度で運行されています。
 
 大垣駅を出発した列車は、ゆっくりと西に進み、東海道本線の電車が並ぶ留置線を横に見ながら、市内近郊の住宅地の中に進み、ほどなく線内唯一の荒尾に停車。続いて、進行方向に広く開けた駅構内が見えてくると終点の美濃赤坂駅に到着します。大垣駅から僅か6分の道のりの果ては、行き止まり式片面ホーム1線の寂しい終着駅ですが、駅構内はやたらと広く、大きな上屋を備えた貨物ホームが2本にそれを取り巻く多くの線路があります。たった2両の短い列車は、広い構内の片隅に遠慮がちに滑り込みます。この様子から、この駅は本来、旅客中心の駅ではなく、貨物が主体の駅であることが分かります。旅客ホームには屋根もなく、ホーム端から古びた趣のある無人の駅舎につながって改札を抜ける格好です。昼間の列車から降り立ったのは、地元住民らしき人が数人で、他は鉄道ファンと思しき同業者達でした。これらの人達は、今来た列車でそのまま折り返すまでの短い時間を思い思いに駅周辺の散策をしています。私も、同じように駅舎や構内を見て歩きました。
 
 ここ美濃赤坂駅は、貨物専業の私鉄「西濃鉄道」が接続しており、日に3往復、沿線から産出される石灰石を運ぶ貨物列車が専用のディーゼル機関車に牽引されて走っています。この駅でJRの電気機関車に引き渡されているらしく、構内のはずれに青色のJRの機関車が待機していました。しかし、大きな貨物ホームや貨物ヤードはすでにその多くが使用されていない様子で、かつて、鉄道貨物が全盛だった頃を偲ばせる設備がそのまま残されている感じでした。
 駅のある大垣市赤坂町は、中仙道の宿場町であったところで、駅周辺は静かな住宅地といった佇まいです。今や、その規模に比して貨物ターミナルとしての機能も小さくなったこの駅は、地元住民のための生活を支える駅として細々と息づいているといった様子でした。
 







2009/10/15 23:25:16|遠征記
きんてつ鉄道まつり2009

3連休の中日だった10月11日、子供と一緒に恒例の「きんてつ鉄道まつり」に行って来ました。
 このイベントは、近鉄五位堂駅近くの五位堂検修車庫において毎年この時期に開催されていて、家族連れや鉄道ファンら多くの人達で賑わいます。私は6年前に一度訪れたことがありますが、この日は開場時間前に現地に着いたものの、既に駅から会場に続く道路は長蛇の列が出来ており、以前にも増して人気の高さが伺えました。
 内容は、近鉄が誇る人気車両等(アーバンライナー、新型特急車両ACE、団体専用電車“楽”、総合検測車“はかるくん”等々)の展示・撮影会、40tクレーンによる車両吊り上げ実演、車両床下ピット見学、運転士&車掌体験、電車と綱引き、ブレーキ装置やパンタグラフの動作体験、HO鉄道模型走行会など普段なかなか見ることが出来ない車庫の様子などが理解できる盛り沢山な内容でした。飲食物の屋台も多数並び、爽やかな秋空のもとでピクニック気分で楽しむことが出来ました。
 また、鉄道ファンお目当ての物販会では、限定品の模型や鉄道廃品に長い行列が出来ており、こちらの人気も相当なものでした。この中に伊賀鉄道のブースもあり、グッズの出張販売がなされ、私は新発売の伊賀線前面展望DVDを購入しました。
 結局、終了時間の午後3時まで会場に滞在しましたが、時間内で全てを見て触れて体験するのは難しかったです。しかし、それぞれの展示ブースでは、行列の待ち時間を表示したり、入場者を入れ替え制で誘導したり、子供にも親切丁寧に機器の説明をしてくれるなど随所に配慮がなされていたのが好印象でした。







2009/10/12 16:39:56|その他
養老鉄道にラビットカーを訪ねて

伊賀鉄道とともに近鉄から分社化された養老鉄道(近鉄時代を含めて。)にはじめて乗車してきました。
 
 養老鉄道は、桑名〜大垣〜揖斐間を結ぶ57.5キロの単線電化の路線。線路幅は伊賀鉄道と同じ狭軌ですが、伊賀鉄道のような狭小カーブがないため、南大阪線系統の20m級大型車両を貸与されて運行しています。
 車両は、前述の近鉄本線系タイプの通勤型車両が運用されていますが、分社化に伴い、マルーンと白の近鉄通勤色から懐かしいマルーン一色の旧近鉄通勤車色に統一されています。

 この中に、今年9月から、オレンジに白帯を巻いた車両が登場し沿線で一際目立つ存在となっています。これは、かつて、大阪阿部野橋から橿原神宮前を結ぶ南大阪線でラビットカーと呼ばれた高性能通勤車両の専用塗装を復活したもので、養老鉄道が、当時の色に塗り直して運行しているものです。
 
 ラビットカーは、昭和32年に南大阪線に登場し主に各駅停車に運用されました。加減速性能に優れていたため、旧型車の急行列車と同時分で運転が出来、優等列車の合間を縫うように走るイメージからウサギにたとえてラビットカーと命名され、車体側面に岡本太郎デザインといわれるウサギのイラストが描かれていました。オレンジに白帯の塗装は昭和40年代初めには塗り替えられてしまいましたので、今回の復活は約40年ぶりになります。

 養老鉄道は、一度訪問してみたいと思っていた路線ですが、亀山での紀勢本線全通記念イベントと兼ねて乗車する機会に恵まれました。しかも、僅か1編成しかないラビットカーの運行状況は事前に分からなかったのですが、偶然、桑名から乗車することが出来、列車の終着である大垣まで乗り通しました。

 養老鉄道初乗車の印象は、車窓は、三重県から岐阜県へ揖斐川沿いの田園風景の中を走るため非常に長閑な感じでした。車両や駅設備は近鉄由来のため、雰囲気は伊賀鉄道とよく似ています。旧国鉄との連絡貨物輸送を行っていたため、主要駅には貨物側線が残された大きな規模の駅があるのが特徴です。路線延長が長いため、全区間を乗り通す需要は少なそうですが、桑名、大垣近郊を中心に区間利用者が多い感じで、特に大垣周辺は揖斐方面への利用も含めて結構利用が多いと感じました。また、沿線にはサイクリングロードが多いとの事で、自転車を積み込んで利用する人の姿も見かけました。サイクルトレインが定着しているのも特徴のようです。
 
 また、今回、復活塗装車であるラビットカーに乗車して感じたことは、乗車すると車内は他の編成と何ら変わりなく、ラビットカーに乗車していることを忘れてしまいそうになったのが少々残念でした。伊賀鉄道で始まった復活塗装車が、養老鉄道でも実施されたことは我々ファンには非常に興味深いことなのですが、両鉄道共に今後期待するのは、それぞれの復活塗装の由来が車内のどこかに記されて一般の利用者にも理解される配慮がなされることです。伊賀鉄道の鹿特急、ラビットカーも由来が分かるのは一部の鉄道ファンだけでは、一般利用者や沿線住民とかけ離れたものになってしまいます。乗って楽しい、乗ること自体が目的になるような工夫が求められるでしょう。