今回は、伊賀から離れた山陰本線の餘部鉄橋のお話です。ご存知の方は多いと思いますが、餘部鉄橋は兵庫県の日本海側に位置し、山陰本線の鎧駅と餘部駅の間にある全長約310メートル、高さ約41メートルの鉄橋です。山と山に挟まれた港町の入り江に面した深い谷を、まるで天空をゆく鉄道のごとく列車が通過していきます。この橋の歴史は古く、明治45年(1912年)に完成したもので、トレッスル型と呼ばれる種類の橋としては今も日本一の高さとその美しい姿を誇っています。このようなこと以外にこの橋を有名にしたのが、昭和61年の年末に起きた列車転落事故でした。ディーゼル機関車牽引のお座敷列車(みやび)が回送中に横風を受けて真下のカニ加工工場に転落し大勢の犠牲者が出たことです。以来、この鉄橋を渡る列車は風速20メートルを超えると抑止されることになり、冬場を中心に運休や遅れの出る列車が増えることになりました。このことが輸送の障害となり、近く、新しいコンクリート橋への架け替えが始まることになったのです。今、架け替えを前に、文化遺産とも言えるこの鉄橋を訪れる人が多いと聞きます。私も昨年の夏に初めて餘部鉄橋を訪れました。鉄橋を見学する人への利便のため、豊岡駅と浜坂駅の間に臨時快速列車(あまるべロマン号)が運転されており、私も城崎駅からこの列車に乗車しました。列車はかつて山陰、福知山線の特急で活躍した車両で先頭車は大きな展望構造になっています。運よくその展望席に座ることができ、前面展望を楽しみました。山陰地方独特の小さな漁村の集落を幾多の山を越えながら通り過ぎて、鉄橋手前のトンネルを抜けると、視界が大きく広がり鉄橋を渡ります。餘部の集落を眼下に進行方向右側に日本海を見ながらゆっくりと渡っていきます。座席が高いところにあることもあって、空中を進んでいる錯覚に陥ります。数十秒で渡り終えると、すぐに餘部駅に着きました。私は、ここで下車し、間近で鉄橋を見学することにしました。駅から集落へは山道を下ったところにあり、その間、横目に橋脚を眺めることができます。下りきった場所から見上げる鉄橋のなんと迫力のあることか、複雑に入り組んだ橋脚の造形も、一見の価値があります。今から90余年も前に作られたとは思えない工作物だと感動すると同時に、建設当時の労苦も如何ばかりであったかと思いを馳せました。それにも増して私の心を釘付けにしたのは、美しい日本海を背景に、木造民家が連なる漁村集落、周囲の山々と餘部鉄橋が織りなす風景です。これは日本の原風景のようでもありました。新しいコンクリート橋が出来れば、この鉄橋は役目を終えます。安全運行のため致し方はないのですが、なんとも惜しい風景だとつくづく思いながら帰りの列車に乗り込みました。新しい鉄橋の着工は来年だとか、それまでに皆さんも一度、訪れてみてはいかがでしょうか? |