私は、鉄道車両の中で、気動車(ディーゼルカーというのが一般的かも。)が結構好きで、特に国鉄時代に活躍した車両、たとえばキハ58、20、10系なんかの型式が好みです。JRの最新式の軽量、高出力の車両も良いのですが、非力で重厚な国鉄型が何とも言えず味わい深いものがありました。しかし、これらの型式は、今は、殆どが淘汰されてしまっているのが現状です。その中で、最後の国鉄型気動車として、今も全国で活躍しているのがキハ40系と言われる型式です。昭和50年代初頭に、当時古くなっていたキハ10系を置き換える目的で登場した型式で、キハ40、47、48といった型式が主力でした。キハ58系から続く代わり映えのないフェイスデザインに朱色一色のカラーリング、飾り気のないセミクロスシートを配置した車内は、当時、財政難の国鉄を象徴する無駄を極力排した車両でした。今はもう関西本線では見られませんが、10数年前まではその姿を見ることが出来ました。私は中学1年生頃に偶然にも亀山機関区(当時)で新製配置されたばかりのその車両を見る機会がありました。スーパーカーブームが終わって、興味が鉄道に傾いていた頃でした。亀山駅に列車の撮影に出掛けた時だったと思います。何しろ、関西本線で新車を見るのは初めてのことでしたので、その眩しいくらい綺麗な車体に惹きつけられたのを覚えています。丁度持参したカメラで撮影もしました。職員が車両の周りで研修でも受けていたのでしょうか、そのような光景が記録されています。それから暫らくして、関西本線で実際に運用されたキハ40に乗車することができました。キハ35などと編成された列車でしたが、迷わず新車の匂いのするキハ40に乗り込みました。新車のエンジン音と走りを堪能したのですが、残念なこともありました。それは、綺麗な車内の壁に誰かが落書きで傷をつけてあったことでした。それを見たとき、怒りと情けなさがこみ上げたのを覚えています。その後は関西本線で何度もキハ40、47にお世話になりました。新しい割に重い車体、非力なエンジンで喘ぎながら勾配を登ったのが印象深いです。JR西日本、東海エリアでは、山陰本線や紀勢本線などで現在も見ることが出来ますが、塗装が変わっていたり、エンジンが高出力なものに換えられていたりと登場当時のオリジナルを見ることはなかなか出来ないようです。延命更新工事を受けたものも増えているようで、もう暫らくは活躍する場所があるということでしょうか。画像=左;亀山機関区にて新製配置間もない頃、右;我が家のキハ40、HO鉄道模型です。当初、白地に赤帯のJR東日本盛岡色でしたが、先月、思い切って塗装を剥がしてオリジナルの朱色一色に塗りました。
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