ふとしたきっかけで鉄道趣味の面白さに再び目覚めた。楽しみ方は色々鉄道趣味は奥が深い。私の趣味活動をほんの少し披露し、併せて伊賀地域の鉄道の将来について考えます。
 
2008/03/16 16:10:28|撮影日記
団体臨時列車「ほのぼのSUN−IN」

昨日の土曜日、関西本線柘植駅に団体臨時列車「ほのぼのSUN−IN」号の撮影に行ってきました。この列車は、金曜日に福知山線の谷川から山陰、東海道、草津線を経由し亀山まで運転され、翌土曜日に同ルートの逆を戻る行程で運転されたものです。伊勢志摩方面への団体客のようですが、亀山から紀勢、参宮線に直通せず、バスを利用されたと思われます。車両はかつて急行用で活躍したキハ58・28型をお座敷列車として改造したキロ59・29型で、塗装は変わっていますが、種車の面影をそのまま残しています。国鉄時代から絶大な信頼があり、国鉄のディーゼルカーの殆どが搭載していたDMH17型と言われるディーゼルエンジンを搭載しており(今では車両の更新が進み稀少となっています。)、久しぶりにカランカランカランという特徴のあるサウンドが柘植駅の構内に響きました。

ところで、この日はJRのダイヤ改正初日でした。前日には、寝台急行「銀河」や寝台特急「なは・あかつき」の引退で各始発駅は大勢のファンが見送ったと多くのニュース番組取り上げていました。特に銀河は団塊世代の思い出列車として紹介されていましたが、TBS系の「ブロードキャスター」ではコメンテイターの一人が、昔は急行「銀河」は料金が高くて、代わりに急行「大和」を使いましたと言っていました。「大和」とは東京〜湊町(現JR難波)を関西本線経由で結んだ寝台急行です。正に今回廃止された急行「銀河」など東海道本線の列車を補完する列車として設定されていた列車で、昭和47年まで運転されました。私の住む伊賀地域からも東京へ向う唯一の直通列車であり、年配の方には思い出深い懐かしい列車だと聞きます。「銀河」や「あかつき」それに「大和」など名列車の愛称名はなんとも言えない良い響きのものが多いなとつくづく感じさせられます。







2008/03/10 21:45:32|遠征記
山陰、但馬乗り鉄の旅(その4)

(つづき)帰路は、大阪まで特急「はまかぜ」6号に乗車するため、再び城崎温泉駅まで戻ってきました。時間が経つにつれ、時折風雪が強くなります。気温も下がっており、暖房の効いた待合室は列車を待つ乗客たちで立錐の余地もないほどになっていました。悪天候のため京都、大阪方面からの特急列車に遅れがでており、折り返し列車に乗車する乗客が待たされているためでした。乗車予定の「はまかぜ」6号は香住からやってきますが、意外にもほぼ定刻に到着し、遅れを覚悟していた乗客は到着のアナウンスを聞いて足早にホームに向います。私達も駆け足でホームに辿り着くと、着くや否や列車が到着しました。指定された席に落ち着くと轟々というディーゼル音を響かせて重々しく発車しました。はまかぜ号は、山陰本線を和田山まで進み、播但線を経由して姫路から山陽、東海道本線にて大阪へ向います。大阪〜香住・浜坂・鳥取を1日3往復しており、国鉄時代から使用される古いディーゼルカー(181系)を使用しています。昭和43年に山岳線区向け強馬力の特急用車両として誕生した車両で、中央本線の特急「しなの」号や東北本線の特急「つばさ」号に使用されました。しかし、主要線区の電化の進展で追われると、非電化路線の多い四国や山陰地方に活躍の場を移し、近年は長らく山陰本線の特急「おき」、「あさしお」、「はくと」号などで活躍しました。その列車たちもすでに新型車両に置き換えられ、今日、この「はまかぜ」号のみが181系使用の定期特急列車となっています。私は、この車両に初めて乗車しましたが、最近のJR車両にはない、重厚な作りです。走行中はエンジンの音は殆ど聞こえず、意外に静かな車内です。普通車のシートは登場当時のものから座面の肉厚が豊かなシートに交換されていて、全体として午前中乗車した183系電車よりも快適な乗り心地です。単線の播但線では、その昔C57型蒸気機関車3重連で名を馳せた有名な生野峠越えがありますが、強力エンジンを唸らせ軽々と越えていきます。かつて、この「はまかぜ」号は播但線内の途中駅は全て通過していたのですが、今は寺前など線内の主要駅に停車するようになっています。それもそのはず、運転区間は大阪始発となっていますが、今や大阪と但馬、鳥取方面を結ぶ主要ルートはすでに福知山線経由や智頭急行線経由に奪われており、「はまかぜ」号の主な役割は、神戸三ノ宮や姫路方面と兵庫県中北部の都市間連絡、城崎温泉、香住・浜坂などへの観光輸送がメインになってきているからです。その証拠に城崎温泉発車時にほぼ満席だった車内は姫路を過ぎると次第に寂しくなってきました。姫路からの山陽本線では、複々線の外側つまり新快速電車の走行する線路を走ります。俊足さでは負けていない181系ですが、ここでは過密ダイヤの上に130キロで追いかける新快速電車から逃げるように懸命の走りを見せます。明石海峡大橋の灯りを右に見て、夜のネオンが眩しいばかりの三ノ宮を過ぎると車内は回送列車同然となってしまいました。冬の繁忙期で6両に増結されているため余計に寂しく感じます。やがて改造工事の進む大阪駅に滑り込みました。餘部鉄橋のハプニングは残念でしたが、温泉三昧やJR未乗区間の乗車、この「はまかぜ」号の乗車など収穫の多い1日となりました。(完)







2008/03/02 22:24:00|遠征記
山陰、但馬乗り鉄の旅(その3) 

(つづき)香住駅に到着し、代行バスの確認をするも、手配が出来ていないらしく、駅本屋の待合室は足止めされた大勢の乗客たちで溢れていました。後続の特急「はまかぜ1号」も香住折り返しとなり、「はまかぜ4号」として出発するまでの間、暖房の効いた車内を待合室として開放するとの案内がありました。餘部鉄橋での列車転落事故以来、基準以上の風速を計測した場合は列車の運転を見合わせることが多くなり、すっかり列車代行に慣れているはずと思っていましたが、運転休止から2時間以上経っても手配できないのはお粗末な対応と言われても仕方ありません。外は風雪が次第に強まっており、運転再開のメドも立たず、代行バスの運転も分からない状態では、帰りの時間も気になるためここで引き返すことにしました。ホームにいると冷たい風で顔や耳が痛くなるほどです。建て替え工事前の餘部鉄橋を見ておきたいという気持ちもありましたが、無理をして行く必要もないので、城崎温泉駅まで戻り、駅前の立ち寄り温泉で冷えた体を温めのんびりしようということになりました。東京から夜行を乗り継いで餘部鉄橋を目指してやってきたという2人の鉄ちゃん(鉄道ファン)は、明日までの行程のため運転再開まで待つとのことでした(健闘を祈る!)。城崎まで戻る普通列車から時折見える日本海は、波も高く荒々しい姿となっていました。これでは今日の復旧は難しいかもしれません。餘部鉄橋はこうした自然の猛威に弱いため、列車運行の安定確保を図る目的から建て替えされることになったのですが、すでに鉄橋を渡る特急などの優等列車は、東京発の寝台特急「出雲」の廃止など近年大幅に激減し、今や大阪〜浜坂・鳥取間の特急「はまかぜ」が2往復するだけになっています。大都市と鳥取、島根を結ぶ幹線ルートは智頭急行線や伯備線経由にとってかわられ、普段は短い編成のディーゼルカーが普通列車として行き来するだけとなっています。また、立て替えを機に鉄橋自体が脚光を浴び、産業遺産ともいえるこの鉄橋をひと目見ようと、ファンだけではなく多くの観光客が押し寄せているとも言います。このことは、建て替えを計画した当初の想定とは全く逆の皮肉な結果と言えるでしょう。建て替え工事が済めば、今の鉄橋は取り壊される予定です。建て替えを止める理由はありませんが、今の鉄橋を後世に伝えるべき近代産業遺産として保存活用できれば、但馬地方の地域振興にも役立つのではないかなとあれこれ考えているうちに城崎温泉駅に到着。極上のお湯に浸かりながら至福のひと時を過ごしました。災い転じて福とはこのことかな?(つづく)







2008/02/26 22:56:40|遠征記
山陰、但馬乗り鉄の旅(その2)
(つづき)城崎温泉駅で、浜坂行きの普通列車に乗り換えるまで少し時間があるため、改札を出て駅構内の売店に昼食用の駅弁を買いに行くことにしました。特急から下車した客が大勢たむろする中、駅のアナウンスが聞こえてきました。〜本日、餘部鉄橋、強風のため香住−浜坂間の列車の運転を取り止めております。ご利用の皆様には大変ご迷惑をおかけします〜 えーっ!何ぃ!うそぉ!一瞬耳を疑いましたが、駅構内の液晶表示板にも同じことが書かれています。確かに今日の天気は下り坂と予報されていたのは承知していましたが、まさか強風で餘部鉄橋の通過が抑止されているとは知りませんでした。駅員に確認すると復旧の可能性は少ないとのこと。迷った挙句、とりあえず普通列車に乗車して香住まで移動し、その先で待って、運転再開に一縷の望みを賭けることにしました。しかし期待を嘲笑うかのように、次第に風雪が強くなってきました。気を取り直して、先ほど購入した駅弁を車内で食べることにし、再び列車の旅を楽しむことにしました。城崎温泉駅から乗り込んだ浜坂行き改め香住行きの普通列車は、こちらも旧国鉄時代から使用されてきたキハ47型ディーゼルカーの2両編成でした。車齢約30年ほど経ちますが、内外とも更新工事がなされて、現代の設備水準にまで改造されています。車内は向い合わせのボックスシートが多く並ぶ構造で、程よく暖房が効き快適でしたが、車内と壁で仕切られたデッキ付きではないため、両開きのドアが開くと風雪が車内に入り込みます。そのため、客が乗降する間のみドアの開閉は押しボタンで乗客自らが操作する寒冷地仕様となっています。この駅から先の区間は殆どが非電化単線区間で、正に偉大なるローカル線の異名を持つ山陰本線の真骨頂です。日本海に面した小さな漁村を、長いホームと古びた駅舎、レンガづくりの古いトンネル、餘部鉄橋に代表される古い橋梁でつないだ細い鉄路が結んでいます。私達は、先ほど購入した城崎名物のカニ釜飯弁当をほおばりながら、しばし汽車の旅を楽しみました。(つづく)







2008/02/24 16:59:48|遠征記
山陰、但馬乗り鉄の旅(その1)

昨日の土曜日、趣味仲間のtetuさんと架け替え工事の始まった山陰本線の餘部鉄橋を目指して出かけてきました。ルートは、関西地方のJR線で未乗区間を解消する目的もあるため、まず近鉄で京都まで出て、山陰本線を乗り通すことにし、帰りは最後の181系ディーゼルカーによる特急「はまかぜ」号で播但線を完乗し大阪まで戻ることにしました。京都からは特急「たんば」で終点の城崎温泉まで乗車します。車両は旧国鉄時代から使用される485系特急電車を改造した183系電車です。山陰本線は京都市から兵庫県の但馬地方、鳥取、島根、山口県と山陰地方を横断する長大幹線ですが、電化や複線化など近代化の進捗は遅く、まだ一部区間しか整備されていません。電化区間も京都から城崎温泉までと米子や出雲市の一部区間だけです。殆どの区間が本線とは名ばかりローカル線然となっています。かつては全線を直通する列車もありましたが、現在は京阪神と北近畿地方の都市や観光地を結ぶ特急や岡山などの新幹線接続駅と中国地方の主要都市を結ぶ特急の経由路線として機能しており、それ以外は山陰地方の中小都市を結ぶローカル輸送に徹しています。私達の乗った特急「たんば」は園部、綾部、福知山など京都府北部の主要都市、但馬地方の中心都市である豊岡などを結び温泉地で有名な城崎温泉を目指します。都市部以外は山村の長閑な車窓を眺めながらゆっくりと進みます。電化はされているものの単線区間が多いため行き違いも多く、カーブが多い線形のため速度は上がりません。昭和47年製の国鉄型車両を使用していることもあり、懐かしい汽車旅の雰囲気です。この列車には舞鶴線へ直通する特急「まいづる」を併結していて、綾部駅で分割併合します。少し前まで京都府内の山陰本線に接続する支線区は殆どが非電化路線でしたが、平成に入ってから山陰本線、舞鶴線、第3セクターの北近畿タンゴ鉄道宮津線、小浜線が相次いで電化され、電車運転によるネットワークが完成しています。これは京都府はじめ沿線自治体が京都府北部地域の振興のため、鉄道の電化推進に積極的で、公的支援がなされたことが大きかったためと聞いています。京都から2時間あまり、列車は終点の城崎温泉駅へ到着しました。私達はここで衝撃的な情報に接することになりました。(つづく)