ふとしたきっかけで鉄道趣味の面白さに再び目覚めた。楽しみ方は色々鉄道趣味は奥が深い。私の趣味活動をほんの少し披露し、併せて伊賀地域の鉄道の将来について考えます。
 
2009/09/28 23:03:55|蒸気機関車
明治生まれの蒸気機関車を訪ねて

 シルバーウイークと呼ばれた9月の5連休初日、子供達を連れて久しぶりに京都の梅小路蒸気機関車館に行って来ました。丁度、京都市美術館で開催中のルーブル美術館展を家族で見に行くついでに立ち寄ったものです。私にとってはどちらが“ついで”か分かりませんが・・・。
 梅小路に立ち寄ったのは、単に生の蒸気機関車を見たかったからではありません。19両目の新入りが来たとの情報を得たため、一度そのお姿を拝もうと思ったからです。
 新入りとは言うものの、生まれは明治34年、御歳108歳のご老体です。梅小路の機関車の中では最もご高齢で、あのデゴイチやシロク二ですら、この機関車からすればまるで子どもか孫のようなものです。
 その機関車とは、お名前を1070型1080号といい、お馴染みのCだのDだのが頭に付きません。イギリスから輸入され、官設(国鉄)鉄道の東海道本線で主に急行列車を牽引しました。
 もともとはD9型651号と名乗ったそうですが、大正時代に炭水車(石炭と水を積載した牽引車)を外したタンク型に改造され今の姿になったそうです。国鉄線で長らく活躍した後、日鉄鉱業という会社の私有機関車となり、専用線で鉄鉱石などを運び、国鉄から蒸気機関車が全廃された後の昭和54年まで現役で働きました。その後も解体されることなく、専用車庫で保管され、今回、梅小路蒸気機関車館にお輿入りとなったものです。
 この1080号の入館で、梅小路にはデゴイチなどの昭和生まれ、ハチロク(8600型)やキューロク(9600型)などの大正生まれに加えて初めて明治生まれの機関車が揃うことになりました。もとより蒸気機関車は産業文化遺産としての価値があります。それが明治、大正、昭和の3代にわたって製作された機関車が一つの施設に、しかも現役さながらの美しい姿で保存されることは非常に意義があることだと思います。
 この日は、特別に庫の外に展示されており、初秋の爽やかな晴天の下で一層美しく見ることができました。願わくば、近い将来、動態復元がされ、力強く走る姿を見たいものです。
画像上から、1080号機サイドビュー(艶を抑えた塗装が渋い印象です。)、1080号機正面(端正な表情です。)、スワローエンゼルC622号機&1号機重連展示(今日ばかりは脇役)、D51200号機(構内運転のスティーム号の牽引に活躍していました。) 







2009/09/10 22:34:56|鉄道模型その他
奈良の新名所

 ゆっくり飲食をしながら鉄道模型のジオラマを見る。模型鉄な人(鉄道模型趣味の人)ならたまらないひと時を過ごせるに違いありません。

 最近は、密かな鉄道ブームとあって、東京の銀座や大阪など都市部にジオラマ付きのバーが大人達の隠れ家となっていると聞きます。これらの多くは、博物館に負けないくらいの大きなジオラマを店内に備え、それを囲むようにカウンターと座席があって、客は食事をしながら又はお酒を飲みながら、目の前を走る列車を眺めるという趣向のもので、自前の模型を持ち込んで運転を楽しんだり、ボトルキープならぬモデルキープして仕事帰りにお気に入りの模型を走らせながらグラスを傾けるという楽しみもあるようです。

 そんな環境が近くにあったら、さぞかし仕事の悩みも癒されて心の病も寄せ付けないだろうと思っていましたら、お隣の奈良にも出来たというので喜び勇んで出かけてきました。
 
 場所は、あの奈良の大仏様が鎮座する東大寺の門前に出来た「ふれあい回廊夢しるべ風しるべ」という商業施設の中で、鉄道ジオラマビュッフェ「シルクロードの終着駅」というお店です。実物の鉄道信号機を目印に、改札口を模した玄関を入ると、左がNゲージ、右がHOゲージのジオラマコーナーに分かれており、どちらも相当大きな規模です。地元奈良をテーマにした風景が広がっており、照明の操作で朝昼夜の演出もあります。私は、HOゲージコーナーで、食事をしながら、持参した車両(C62型蒸気列車、キハ81型ディーセル特急)の運転を楽しみました。
 
 目の前を疾走する模型を見ていると時間が経つのも忘れ、嫌なことも忘れ去って心がリフレッシュするのが分かります。普段は狭いお座敷レイアウトの中でしか走らない私の模型達も大きなジオラマの中ではいきいきとして見えます。
 伊賀からクルマでわずか60分の距離。自分自身の癒しの場、隠れ家として通いたいスポットです。







2009/09/03 23:41:39|伊賀線のこと
伊賀線新型車両決定?
 8月某日の新聞報道等に、伊賀線の現行860系車両の後継車両についてイラスト入りで報じられていました。
 それによると、新しく導入される車両は、関東私鉄で使用されていたもので、まず、今年度に2両×2編成が入線し、再来年度までに全て置き換えられるというものでした。イラストは新たにデザインされた忍者くの一のラッピングを施した絵となっていましたが、注目のベース車両は、このブログにおいて、以前に予想していたとおり、東急電鉄の1000系車両であることが確認できました。勿論、記事には具体的にどこの車両であるかの記述はありませんでしたが、イラストどおりであるならばほぼ間違いないと思います。
 近鉄グループの伊賀鉄道になぜ、関東の大手私鉄で使用された車両が導入されるのか不思議に思われる向きも多いかもしれません。現在の860系やその先代の5000系も近鉄本線などで活躍した車両を転属させたものですから、今回も親会社から譲り受けるのが常道であると考えるのですが、果たしてその理由は何か?近鉄に、子会社に譲渡する車両がない訳がないのですが、大きな理由は、伊賀線に存在する急曲線が近鉄が保有する標準的な車両を拒んでいるからなのです。特に上野市〜広小路間の曲線は、今や1両の長さが20メートルもある近鉄の標準車は走行することができないのです。ならば、伊賀線でも走行できるサイズの車両を新造すれば良い、又は急曲線を改良すれば良いのではないかと思いますが、厳しい経営事情を考えると大きな投資はリスクが大きい。ならば、車両のサイズも経営上のサイズもピタリと合う最適な中古車両を探した結果、それが関東の東急にあったと、こういう訳だと推測します。
 報道などによると2両1編成で約1億円ということですので、新造する場合の約半分程度の購入費用でしょうし、中古車両と言っても、東急1000系なら10数年程度の車齢ですから、鉄道車両ではまだまだ新しい部類に入ります。また、性能、設備面でも例えば乗り心地を良くする台車(ボルスタレス台車)を備えているなど決して最新車両にひけをとらないものだと思います。加えて導入費用に国、県、市の補助がありますので、事業者としての負担は少なくて済みます。こうしたメリットを勘案した結果の選択であったと考えられます。
 この辺りの鉄道では珍しい、東京生まれの東京育ちの電車が伊賀の地で新たな活躍をする、言わば都会のお嬢さんが伊賀に嫁ぐことになるわけです。都会のお嬢さんの目に、一体、この伊賀の地がどのように映るのか想像するだけでワクワクします。伊賀鉄道活性化の救世主として沢山の乗客を都会からも呼んで欲しい、そんな期待をせずにはいられません。初導入の編成が走り始めるのは今年12月とのこと、乗ること自体が楽しくなるような仕様になるそうです。大きなクリスマスプレゼントを今から楽しみに待つことにしたいと思います。








2009/08/18 23:34:06|伊賀線のこと
レトロトレイン出発進行!その2
8月8日に伊賀鉄道に登場した、昭和30年代のレトロ塗装編成は、上野市車庫でのお披露目イベントの後、上野市〜伊賀神戸間を臨時運転しました。この際、当時の行き先板を復刻し編成の前後に取り付ける演出もあり、猪田道駅と丸山駅では、同じく懐かしい行き先板を付けたマルーン編成との行き違いも見られました。このことは、事前に告知されていたこともあって、珍しい2ショットを収めようと多くの撮影者で賑わいました。

この臨時運転と翌9日午後の通常運行では、懐かしい吊り広告が飾られた車内に「昭和ハウス」さんによる駄菓子や瓶ジュースなどの販売コーナーが設けられ、店主自ら売り歩きをされて乗り合わせた親子連れが買い求めるなど人気を博していました。

昭和レトロをテーマにした今回の取り組みは、伊賀鉄道の沿線そのものが昭和にタイムスリップした情景そのものであることから正に的を得たものであったのではないでしょうか?是非、今後も継続して実施して欲しいと思います。

夏休みも残りあと僅かになりましたが、このレトロ電車に乗って、上野市街地など沿線に残る昭和レトロなスポットを訪ね歩くのも一興だと思います。

画像左=臨時運行で上林大池付近を行くレトロ編成 画像中央=猪田道駅でマルーン車との行き違いの様子 画像右=イベントで試乗会が行なわれた軌道自転車、廃線になった有田鉄道から貸与されたものとのことです。>







2009/08/09 12:00:04|伊賀線のこと
レトロトレイン出発進行!

 伊賀鉄道は、8月8日に、かねてから告知していた昭和30年代の近鉄伊賀線車両の塗装(深緑色)に変更した860系1編成のお披露目を行い、同日から運行を開始しました。このお披露目にあわせて、伊賀鉄道友の会では上野市車庫において撮影会などのイベントを開催しました。

 この日、朝から真夏の日差しが照りつける暑い日となりましたが、熱心なファンや親子連れが多数訪れ、珍しい姿になった車両にカメラを向けていました。レトロ車両の車内では、昭和30年代のお茶の間を再現したコーナーを設け、家具、電化製品、吊り広告の展示、懐かしい駄菓子や瓶ジュースも販売され人気を博していました。
 また、屋外では、恒例の車両撮影会があり、復刻した昔の行き先表示板を次々に取り替えてファンの要望に応えていました。その中で、既に廃線になった西名張行きの表示板があったことは驚きでした。まさに当時の伊賀線がこの色の車両で西名張まで直通していたことを思い起こさせるものでした。

 車庫内では線路点検に使われていた軌道自転車の試乗会もあり、親子連れなどが一生懸命ペダルを漕ぐ姿が見られました。

 この日、レトロ車両は、午後に臨時列車として上野市〜伊賀神戸を1往復し、途中の交換駅でマルーン塗装車と擦れ違うシーンもあり、双方の車両に昔の行き先板を取り付ける演出がありました。沿線にも多くのファンが撮影に訪れている姿を見ることができ、終日、いつになく華やいだ雰囲気に包まれました