昔の職場の話
就職して配属されたとき、いきなり 「きみ ええからだしとるな〜」と ラグビー部に スカウト(勧誘)されてしまった
なので 20代は ラグビー部に属していた その話は 省略して
30前くらいから 山の仲間に入った 実は 若いときに北アルプスに何回か行った経験があり 興味はあったのだが・・
なぜか その「山岳」部は 年配の人やおばちゃんが多く 子供をつれての参加も多いようで イマイチ敷居を感じていたのだ
かといって 本格的な登山をめざすほど馬力もなかったし
しかし 身近な先輩に連れられてその「山岳」部に参加してみると (たしか日の出山?) これが 山の高さにこだわらず 楽しく山歩きをして 「楽しく飲む」 という 結果的に 実にワタシの肌にあう活動だったのだ
はっきりいえば 飲んでばっかり ・・・
なにを忘れても武器(=箸)だけは忘れないように 飲み物と食い物は みんないっぱい持ってくるから・・ という仲間であった
さて そうして徐々になじんだ「山岳」部で あわや遭難しかけた 難攻の嶺 の話
ある日曜 東京駅に集まった我々は 千葉県の とある名峰
に向かって 横須賀線の青い電車に乗った・・
で 列車が発車もしないうちから 缶ビールがあけられ まずは一杯・・と
しかも 誰が買ったか一人当たり5本くらいはあって 久里浜まで(約1時間)の間に すでにできあがってしまった・・
そこからは海路 浜金谷をめざす そのフェリーの待ち時間と乗船中 はワンカップである
もはや このあたりで舟に乗っているんだか 地面が揺れているんだか 定かでなくなってきた
港で 小用を足した後 どこへともなくふらふら あ、いや 案内矢印にしたがって 登頂の途についたのである
名峰 鋸山 標高 329.4m
くさっても「山岳」部 ロープウェーを使うことはありえない 己の両足で 一気にのぼる北壁ルートにへばりついたのだ
と 詳しく書きたいところであるが よほど 苦しい山行であったのだろう記憶がとびとびである・・・
秋のことであったが ただ みんな大汗をかいて途中でさらにビールを飲んだことは 憶えている・・・
しかし その後は 完全にへばってしまい
頂上はどこにあるのか ソラは何色なのか 急激な高度上昇による高山病のせいか もはや 意識朦朧 であった
ワタシとあと2名くらいはほとんど脱落しかけ 登頂アタック隊の足を引っ張ってしまった
苦しく 厳しかったが 艱難の末 とにかくなんとか展望のよいところにたどり着き(日本寺?) 一安堵
登頂アタック隊が 牙をむいたような階段! を超えて 登頂を果たしたことであろう たぶん ということで 「山岳」部の名誉は守られた・・のだ
あんまり苦しかったので 食事のため座り込んだら 動きたくないのでよけいに 盛り上がってしまい・・あ、いや かろうじて飲み物だけは摂る という状態であり
真っ赤な顔が 強い紫外線にさらされ 時折 家族連れの笑い声が幻聴のように聞こえる・・
摩利支天のおわすがごとき 地獄なんとかという崖の上には もはや 近づける状態ではなかった・・
登山は 生存帰還が最重要である 肉体は限界に達していたが 我々は 遭難せずに済んだ(みたいである)
どのようにして帰ってきたのか 帰路の記憶は 途絶えたままだ・・
そのことが いかに困難な山行であったかを如実に語っている
鋸山 はるか なり
※ 画像はホタルノヒカリ2の第7夜から です
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