干物ヲヤヂの日記?ブログです。大好きな綾瀬はるかさんのこと、鉄道、旅、酒、ゴルフなど。
 
2011/10/28 22:53:22|自然風
夜光雲
こんばんわ

このところ ブログ更新の頻度がが低下気味で
もうしわけございません

秋の夜長・・
けっこう寝てるわりには
翌日眠い 干物ヲヤヂです
(睡眠時無呼吸症候群かも 
 と以前から思っているのですが・・)


さて
画像は 今日20時すぎの
実家付近での空のようす

なぜだか 雲が明るくて
空の西半分にある雲が ね

とっくに夕空は終わっているのに です
月齢は1.3 
あってもわからないくらいのはず
? ?

夜空をわりと眺めているヲヤヂでも
あんまり 記憶にありません

きれいといえば きれいで
不気味さはありませんが・・


今年は例年に輪をかけて
「終末」話が多いように思いますが

この週末?も
静かに迎えたいものです・・



画像はカメラを堤防に置いて
手持ち 5秒撮影(F4.0)でした
※ 画像はサイズだけ落としてあります
 (色、コントラスト等は無修正:(珍))


P.S.
24日 アメリカで低緯度オーロラが
見られたそうです かなり広いエリアで
しかも いわゆる「赤気」ではなく
もっときれいで動くやつだったらしく

そのケはないか? と
ここんとこ 北の空をいっつも眺めて
ばっかりのヲヤヂです
そーいえぱ ビデオの夜景撮影って
やったことないなー とか思いつつ








2011/10/14 17:58:54|ビバ綾瀬はるか
白髪三千丈


漢詩 というのは ときどき大げさな表現があって
そういうのを発見すると マンガ的で楽しい


そーいえば
漢詩 って 4コママンガの味わいだな


李白さん (大げさ絶句の代表とか・・) の詩
秋浦歌十七首 其十五 に

白髪三千丈

縁愁似箇長 

不知明鏡裏   

何處得秋霜
  


白髪三千丈 (はくはつさんぜんじょう) !!
愁いによりて かくのごとく長し
知らず明鏡のうち
何ずれの処よりか秋霜を得たる

(どっひゃー  なんじゃーこりゃー)
いつのまにか 白髪が3キロメートルくらいあるやんけ
しもたー いろいろ考えすぎたわい
しばらく鏡 見ーひんかったら
どっかから秋の霜が頭にひっついてしまいよったで
(えらいこっちゃがな)


昔の中国に ! という字があったら 
絶対に使われていたでしょうね




秋ですねー

さて マジ 白髪三千丈
の はるかちゃん
 が KFCの新CMに・・・

で ごらんのとおり・・



おフランス生まれの新サンド 「ブレイザー」 だそうで

うまそう ですな

ていうか 綾瀬さんが食べると なんでも うまそう??


ちなみに もうお店で売ってるらしい・・デス




P.S.
前の記事で書いた陶淵明さん
お酒が大好きな先生には
「止酒」 という詩がありますが

すべての行に「止」という字を入れて
ほんとは止める気なんてさらさらないのに
「今朝、お酒をやめた」 
という笑い話のような 詩


自分
つまらぬ 俳句や詩(歌)をブログに載せていますが
まじめに感動を伝える詩(歌)よりも

ちょっと おちゃらけた歌がすき
そーゆーのを作りたい

「戯歌」 とかいう分野 ?
(よくしらないけど・・)



鳥カラ三千箱・・

乗誘似箇多 (誘いに乗りてかくのごとく多し)

不知庫裡裏 (知らず庫裡のうち)

老翁處得筒 (老翁のところより筒を得たり・・)



みたいな











2011/10/03 1:19:44|まにあなシリーズ
陶淵明さん 土の匂い
陶淵明さん(東晋:ずいぶん昔の人)の詩を知ったのは・・
いつ頃だったか 覚えていないのだけれど

まだ東京にいた頃(1995年くらい?)
おそらくNHKの「漢詩を読む」みたいな番組で
読まれたのを ひょいと聞いたときではなかったか


それはおそらく

歸園田居 五首といわれる詩の初めの部分

  少無適俗韻   少きより俗韻に適ふこと無く
  性本愛邱山   性 本と邱山を愛す
  誤落塵網中   誤りて塵網の中に落ち
  一去三十年   一たび去ること三十年
  羈鳥戀舊林   羈鳥 舊林を戀ひ
  池魚思故淵   池魚 故淵を思ふ
  開荒南野際   荒を開く 南野の際
  守拙歸園田   拙を守りて園田に歸る


若い頃から俗世間に合わへんかってん、山や野ーが好きな性格やってん
せやのにまちごーて役人生活することになってしもて
三十年も月日が流れてしまいよった
つかまえられた鳥は林を恋い慕うし、池の魚なら淵に戻りたいもんや
せやからわいも、南の野ーで荒地の一角でも耕すべぇって
無理するのやめて、田舎に帰ることにしてん



ワタシは 漢詩に詳しくない 
なんとなく憧れるが ほとんど知らない

この頃は 他にすきな詩もなかったし
けど

けっこう ガーンと来たんです

最後の 「拙を守りて園田に歸る」 っていう部分

細かいニュアンスはわからないけれど
卑屈な感じはしなくて どちらかというと 嬉々としてるような・・


そーか ワシも似たよーなもんやん  て



ワタシは 漠然と
40を過ぎたら よほど合ってる仕事なら別だが
仕事をいったんやめて 自分の好きなことをやろうと思っていた
経済的に困窮するかもわからないが 
何をしたいか 見えないかもしれないが・・・

人生 幸いなグループに入ると自分で思えるような
わりと理想的な職種の仕事ができる職場に入れた
しかし そのような職場でも いろいろな問題があって

世の中から強い批判があって 組織として主体性を持てないでいたことや
労使問題、労労問題
旧態依然とした体質  とか

そういう中で 自分を保とうとすると どうしても周りに合わせ
衝突を避け 流されるまま サボりながら生きていくみたいになる
こんな組織は 少々何をやっても変えられっこない・・と

どうにでも 自分を合理化できる というか
適当にごまかして できるだけ好きなことやっていようと

中でも労働問題は イヤになってからすでに長く
理想は理解できるのだが 現実味なく かつ単純化を志向する構造がイヤだった
(最近 茂木さんとかの影響で 
 労使両陣営の「思考停止」がイヤだったんだなあ と理解できる)


さらに 自身 人生の失敗?というか ハナからうまくいかないこともあって
いずれは 多くの人に接する環境から脱したい(引きこもりたい) と


そんな中で 出会った 陶淵明さんの詩の一節だったのだ



陶淵明さんの評価は まあ高い
素朴な田園詩人とか そういう分野を切り開いた人とか いわれている
反権力 反栄達 とかなのかなー

詩は素晴らしい と   人格や教養は高い と
でも 人としてどうなのか 
少なくとも 社会からは完全に落ちこぼれの範疇だ
むしろ 昔から中国で 一定の評価を得てきたことが 不思議なくらい
すくなくとも かっこよくはないのではなかろうか

自分には
知り始めた頃はともかく 
今は わりとはっきり 陶淵明さんの魅力がわかる
詩を勉強したわけでもないけど  どっちかというと ほとんど知らないけど


ある種の(きっと こうに違いないという) 確信がある・・

それは
自然や農業を楽しむことの愉しさを これ以上ないほど明確に謳っていること
そこには 見栄はもちろん 負け惜しみもない
社会批判もあるかもしれないが 二の次だ

自分がいいと思うものを 堂々と発表しているのだ  社会の多数派でないことを承知の上で

そして 素朴というか 貧しい中にも 
この世には 楽しみ方 というものがある と提案しているのだ

それは 国が富み、物財が豊かになることとは独立して



そういうことを うすうす感じる人は 少なくないのかもしれない
しかし 大多数は それを行動できない   
また社会的に弱すぎて 危なっかしくて やっていく確信はとてももてない

だから 苦しくとも 組織の一員となり 勤めを果たして俸禄を得る
わずかずつでも 蓄財して将来の豊かさをめざす
世間を渡るに 思い通りにならないのは至極当然 それに負けてはならじと
男も女も たたかいつつ生きていく
苦難を乗り越えて 栄達や豊かさを得ることこそ 人生の醍醐味と

否定すべきこととは思わない
ところが そんな道を進んでいくと
哀しいことに  人の素朴さや優しさを いつのまにか失っていく
いつの間にか それほど望んでいなかった 財力や影響力(権力)に心を奪われ
社会を肯定し あるいは諦観し
社会的立場が強かれ弱かれ 自分を合理化するようになる


自分を言い聞かせられる人々はいい
しかし 自分の中の なんかの違和感や不自然さをずっと感じる人も少なくない
だから 結果として 陶淵明さんの提唱する価値にも光が当たる

自然のすばらしさはともかく 貧しさや社会的弱さは忌避したいから
だれも 陶淵明さんみたいなマネしたくないんだけど
一種のあこがれは理解できる みたいな?


そんなんが 陶淵明さんの魅力の わりと一般的な解釈なんだろうと思う




自分は

もう一つ 感じる

それは 自然の 日常の朝夕の風景や暑さ寒さ 花木や鳥獣の営み
それとともに 農のよろこび ということ

ワタシ自身 気づいたのは 40歳頃
転勤して 東京から離れた職場で わりと日常に 土 をいじりだしたとき

土をいじり 花木や野菜を育てることには 身体の奥底からのよろこびを感じる
ことに気付いた 
花が咲いたり  収穫のよろこびとは別の



こういうのは たぶん 頭というか意識より 身体が気づいたのだと思う


田舎で育ち  家族とともに田畑で作業したときの感触を思い出した
そういう部分もあるだろうけど


結婚して 子供が生まれると  もう説明など超越して うれしい (らしい)
それに 似ている

料理というのは 人を喜ばせるものであって
自分が食べるだけなら 簡単に済ませてしまう
誰かに おいしいものを食べてもらうことがうれしいから
よい食材を選び 手間暇かけて作り 何品も並べ
気をきかせた盛り方をしたり おいしい酒や花をそえたりする 

それにも少し似ている


農業は  人としての自然な幸福感につながっている のだと思う


陶淵明さんは  
戦争はもちろん 役人の厳しい労働や気づかれもイヤだったろうが
なにより
農のよろこび に接していたい というのが 偽らざる心境だった と思う
他では 得られない (達成感とは違う) 味わい

ワタシもそう思うのです


はっきりいえば 
若いころには 世間体を気にして できなかったけど
今は 
社会の落伍者というありがたいレッテルを勝ち取っているので
気兼ねなく できると思うのです



陶淵明さん
や ワタシのような人間ばかりでは ヨノナカ うまくいかないだろうけど ね




P.S.
陶淵明の漢詩については
 「壺齋散人」さんの 陶淵明 詩と構想の世界
 などを参考にさせていただきました







2011/09/19 12:30:21|鉄分をとろう[鉄道]
地中の星 (新幹線トンネルの未来)
先ほど
新幹線車両の先頭部のデザインが
簡単には紹介できないほど 深い背景をもっていること

その断片を 記事にしました が・・

「機械屋?」さん なら 気になることがある と思うのです


それは
新幹線は トンネルを300km/h級のスピードで通過する ?

それって 結構
「流体機械」として けっこう高度なレベルじゃん




そーだよなー
300km/hで通過する ってことは
中での 圧力の変化もかなりのもんだろうし
吹く風だって そーとーなもんじゃないか?

第一 列車とトンネルの壁面て  1mも離れてないじゃん・・・

よー考えたら
トンネルの中で 300km/hどうしのすれ違い だってあるじゃん・・


クルマのエンジンの吸気ポートの形状だとか エキゾースト(排気)の
流れなんて エンジン性能に直結するもんな・・・

ビルや工場の送風ダクトの設計なんて
少なくとも長いダクトの場合はかなり難しいし・・

エレベーターのまわりの空気の流れだって相当工夫があるって聞いてるし・・


となると
新幹線のトンネルって  
空気抵抗とか 圧力低減とか  相当 工夫してあるんだろうなー

と思う方も いらっしゃるに違いありません・・



ところが
ここが ワタシのいいたいところ なんですが・・


残念ながら
新しい新幹線区間においても
空気力学的には あまり これといった配慮がありません・・


トンネル技術は

○ 工事が難しい地質や山岳条件においても 確実・安全にトンネルを掘る
○ 強度の高いコンクリート構造で 長期に崩壊することのない安全性
○ 列車の高速走行を可能にする強固な軌道
○ 排気や火災時に被害を小さくするための設備と配慮
○ トンネル内湧水や周辺の地下水変化等に対する配慮
○ 不審者侵入防止や保守作業のための配慮

などについては おそらく十分な合格点・・ でしょう
しかし  それって 動かないモノ としての位置づけ だと思うんです・・

「構造物」 として立派なだけじゃん
ぼちぼち その機能をもう少し意識してはどうか  と


すでに述べたように トンネル内では
高速列車の通過に伴って

○ 圧力変化が恒常的に発生し
○ 中の空気も ぐいぐい押されたり 引き込まれたりしている
  そこそこの速度(20〜30m/sくらい?) で
○ 列車に接近すれば その風速は列車速度(300km/h→83m/s)に近くなる
○ 圧力も風速も 単純な変化ではなく 非定常で複雑・・

このような 状態になります


新幹線のトンネルは 東北新幹線 八甲田トンネル 26km を先頭に
長大トンネルがいっぱい
10km級のトンネルは ほんとに数多くあります

また 長いトンネルだけが問題ではなくて

短いトンネルを出たり入ったり連続することも
(モロ 非定常な現象となりますから) いろいろ問題が・・

なので

列車先頭部の 設計方法(アルゴリズム?)が ほぼできあがったのと同様に


トンネルの 配置・設計方法の指針 というか 望ましいビジョンを明確に持つ
必要がある  のではないでしょうか

ワタシが知らないだけで 着々と進んでいれば 杞憂な話 ですけどね


検討事項 1
トンネル には 東海道新幹線などのバラスト(砕石)軌道 と コンクリートスラブ軌道
というものがあります

現在の主流は メンテナンスが少なくて済むコンクリートスラブ軌道ですが
この方式  空力的にはあまり望ましくありません
(バラストに比べて 空気が流れる場合の空気抵抗は小さい可能性がありますが)
トンネル微気圧波の問題を深刻にし トンネル内走行時の騒音も大きい

一方 バラスト(砕石)軌道は 車内騒音が小さく 
トンネル内では圧力波をいくぶん減衰してくれます が いかんせん
軌道を保持する力が弱く 定期的なメンテナンスが必要です(維持費がかかる)
だから メンテナンスが少なくて済み かつ 気圧を減衰させたり 音を吸収する効果
をもつ 壁面構造を 模索するべき

(これが開発できたら 明かり区間の軌道や高欄にも応用でき、車内騒音を低減できます)


検討事項 2
トンネルには 工事の時に使って その後保守用に残されている斜坑、横坑のたぐい
があります
長いトンネルには複数あります

これらの 形状 とくに本坑との接続形状に対する配慮

最近のトンネルでは 接続部がかなり大きく設計されますが
トンネル微気圧波の対策上 遮蔽扉を設けている例が多くあります

大きすぎると そこを列車が通過する瞬間 いったんトンネルから出てすぐ入るような形になり
微気圧波の問題が起こるのです
小さすぎると トンネル内の圧力波や空気の流れなどを分岐させ 本坑内のそれを減衰させる効果が弱くなります

なので 最初から 空力を考えて設計してみましょう


検討事項 3
トンネル内のいろいろなもの
例えば架線を吊るすための支柱 や き電線の設備

これらは トンネル内に 40mおきかな? 数多く設置されています
トンネル内には 20〜30m/s程度の風も吹くわけだから
ダクトとして考える場合 かなりの抵抗物に思えます

支柱やがいしなど を空気抵抗の小さい断面形状にすると
思わぬ省エネルギー効果があるやもしれません
(風速が低い範囲なら 空気抵抗は気にする必要がないのですが)




まあ 上記の項目以外にも (軌道面・壁面の平滑性向上とか) あるでしょう し 
その組合せの問題も多いと思います  が
まず このあたりから始めないと 何も進みません ので


トンネルは もう作っちゃったよ という場合 
なかなか どうしようもありませんので


基本は これから作るトンネルに対して・・ ということになるでしょうか
リニア とかね

リニアのトンネルは 新幹線が64平方メートル程度に対して
80平方メートルないしそれ以上になりそうです

従来と同じ考えでは 工事費がかさむ  その割に空力的機能は低い
ということにもなりかねませんし・・



現在 トンネル内を走行するとき 車内の騒音レベルは上がります

もし 新幹線のトンネルを流体機械の構成部品と考えて設計しなおして

トンネル内の風速を減少させ 騒音を吸収するトンネル構造が実用化されたら
明かり区間でも トンネル区間でも静粛性が近いレベルになり・・


お尻を水で洗ってくれるトイレ同様
もう 元には戻れなくなるにちがいありません・・


では また
いつか 鉄の話題を・・








2011/09/19 12:23:46|自然風
さよなら 夏の日
アキ ですね


夏空 いつまでも眺めていたいですが

お彼岸も近く  季節は もう秋です


ここしばらく
台風の影響とかで まだ暑い日が続いていて アレですが 

この季節 本当に ゆく夏が惜しい

もっと楽しんでおきたかったなー
と毎年思う


音楽の世界のような 恋 のあるなしは まあ置いといたとしても(笑)


拙者 未熟者ゆえ  秋や冬を楽しむに至っていません
いや 秋の味覚とか 熱燗とか それは味わっていますが・・


コンビニのノボリも
とっくに おでん とか鍋とか? になってるし



世間的には 連休が2週続くようで
ヲヤヂの仕事は 連休にはならず

しかも 病院通いで休みを取ってる(泣)状です



アキーーっ  (意味なく叫んでみました・・)




P.S.

青空 夕空 がきれいなとき 

写真を撮ってブログに載せたいものですが
いま ワタシの愛機(EOS Kiss 2002)は 

受光素子CMOS が しみだらけ状態
これ 花や風景 あるいは仕事の写真を撮るときは
特段 問題ないのですが

ソラを撮ると すごく浮き出て 写真が使えない・・・
(この画像は ケイタイのカメラです)


しくしく

ぼちぼち 買い換えたい ・・なー