干物ヲヤヂの日記?ブログです。大好きな綾瀬はるかさんのこと、鉄道、旅、酒、ゴルフなど。
 
2013/07/26 1:25:05|マイ庭から
暑い夜

こんばんはー
って もう 日付が変わってるのか・・

昔 日記を書いていたときは
前の日の日付の 25:30とか 30時間制で記していましたね
天体観測的でもあり 実際わかりやすいし


今夜は暑いです
エアコン動かしていますが
この部屋以外は 「もわー」ってやつです
窓を開けているんですが

夏ですから やむを得ません


先週 「八重の桜」で 
ついに鶴ケ城 開城してしまいました
実際は ドラマよりもっといっぱい人がいたようですが
とにかく 会津の人たちは城から出されました

うーーん なんだかワタシまで燃えつき感が・・
これから どーしよう なんて思いましたよ


ものは考えよう
これから 新しい時代がやってくるでしょう と
まるで 平成の世を忘れているように
(もしかして 今の時代を忘れたいのか 自分?)
(うん 3年くらい 明治初めの京都にタイムスリップしてもいいな)



さて
外には 雲を通して ぼんやり お月さんが

先日 小さな地震が続けてあったせいか
なにやら 久しぶりに 不穏なケハイを感じる
ここ数日です

何もないにこしたことはないのですが


画像は 25日の夕焼け 
というか 夕雲
とても赤かったですね

美しいといえば 最高に美しかった
ちょっと Rising Sun 的な(w) スジも入っています


それから 2枚目は 
庭の梨の木の 梨
「果樹育成袋」を取って撮影してみました
今 大きめのが6cmくらい
目標は お盆前くらいに 7cmくらい
届くでしょうか

3枚目は ムクゲ(槿)
花がいっぱいです
他に白い花もあります

 
夏です



P.S.
先日 「風立ちぬ」観てきました
よかったです

自分は基本 左翼的思想でありますが
よくあるように? 戦闘機とかは好きなんですよね

心に若干の葛藤もあるんですが・・

うちの親は両方  国民動員?で 
子供ながら 海軍の鈴鹿工廠に働きに行っています

父は 飛行機のエンジンの始動に失敗したりして
手を失った人をみたり 悲惨なことが日常的だった とか
いい思いはないらしく 多くを語りませんが

実は自分は 「ええなー ゼロ戦とか見てたのか・・」
とか ノーテンキな自分がいたりします


でも 
技術者が逡巡しつつ よいものを作ろうとしてしまう
そんな 心理が よく出ていて

破滅に至るまでイケイケだった
あの時代の  後から考えたら問題だらけだった
ことを 考えさせてくれる作品だった  かな

菜緒子(菜穂子だっけ?)との結婚のシーンもよかったな


出てくるモノとか
鉄道とか 凝っていて たまりませんでしたね 
(あれじゃ 一般ピープルは ??? かも)

歳とってきたせいか
こういう映画がもっとみたいなー 
なんて思いましたね

 







2013/07/18 0:21:14|マイ庭から
桃夭

桃  

収穫いたしました   

1個 だけですが・・


今朝 果実育成袋という白い紙袋を外してみると
美しく色づいていたので

まず 写真を撮って・・
少し早いかな  どーかな と悩みつつ


実はもう1個 まあまあの大きさの実がついていたのですが
ある朝 なくなっていて・・

画像だけ見ていると
けっこう 立派に見えますが
少し小さいのです

名前は 「大玉白鳳」というのですけど (w)


まあ 木が小さいので ムリをさせてもいけない
という気持ちもあって



でも

桃って

本当に美しい
小説を書きたくなるような

いや
実は昔 書いたことあるんですけど
人に見せられるレベルには至らず・・ (恥)


楽しみなので
木が早く大きくなってほしい ものです
(なかなか順調に育たない・・ のですよ これが
とくに 庭の土が「畑」の土ではないので)


さて
桃 といえば 「かきのたね」

「かきのたね」 といえば 綾瀬はるかさん


あの「交差点days」初回盤♪ についていたショートフィルム(DVD)

秀作 といえるほどじゃないかもしれませんし
少なくとも 全米が泣く作品ではないでしょうが
あのテイスト わりと好きなんですよ ワタシ


なんなんでしょ あれ

うまくいえませんが

田舎育ちなので 純朴な人(主人公)に カメラが向かうだけで
アレなのかもしれません

ワタシのように 
桃と綾瀬さんがきれいに映っているだけでうれしいなんて
気持ちはメズラしいかもしれませんが

自分でも あんな感じのフィルムを撮ってみたいというか
桃 という存在が すでに文学的というか 
素朴にして 艶があるというか


でも 
フィルム(映画)というのは 人を感動させてナンボですからね
創るのは 難しい

もう少し身近な 動画で なんか撮ってみたいけれど
干物にできることじゃありません・・ 


まあ 夢には描いておくことにします





画像 3枚目は 庭の桔梗

4枚目は 森林公園のネムノキの花
(撮影時期が遅くて 
 茶色くなった花ばっかりで・・)

かれらは
「さあ 夏本番ですよ」
て いってる感じですね


ではまた




P.S.
次は 梨の収穫予定です
8月入ってからかな ?
これも なかなか大きくなってくれない のですが(w)







2013/07/16 7:39:24|そらのうた
夏の銀河
おはよーございますー

昨晩 自宅に戻る頃
雲が切れて 星空が・・

新しい(もう1年くらい前ですが中古)カメラ
で星野写真(最近では星景写真とかいうのかな?)
を撮ってみました


デジタルカメラを買ってから(いつの昔だ?)
ときどき 星空の写真を撮っていましたが

銀河や星雲・星団をきれいに撮ろう
としたことはなかったのです

でも 最近(!)
デジタルカメラで 短時間露出でも
そこそこきれいな銀河の写真が撮れることを知って
再トライしたくなったのです

やろうかな と思うと
なかなかすっきりした晴れにならず
2週間くらいたってしまいましたが


この「短時間」というのがミソで
30秒以下の露出なら 星の日周運動による動きは
無視できるくらいに収まります


フィルムカメラで 撮影したとき
ISO3200のフィルムでも 数分は必要で
そうなると 星の日周運動にあわせた
「赤道儀」による「ガイド撮影」というのが
必要だったのです

要するに それがいらない
三脚での固定撮影でもいける
ということで
すごいことなのです

で試したくなったわけです

画像は
南のいて座付近の銀河です
(タテ構図なんですが)

ちょこっと試した結果からいうと
カメラのISO 3200や6400は必要ありませんでした
また35mm F2 というレンズを使いましたが
F2.5〜F3.5でもいけそうです

むしろ
今の夜空は 地上の照明のため
田舎でも明るく
写真でも 右(下)の方のあかりは
地上の明かりの散乱です

いかに 暗いところで撮影するかが
はるか に重要なかんじ

あと RAW処理しようとすると
大きいサイズで撮ることになり
ワタシの古いPCでは 苦しい
時間がかかる
しかも ブログに載せるには
サイズを数%にまで落とさないといけない・・
思ったよりメンドウコテ・・


あ ぼちぼち
出勤しないといけないので
また 続きで書くことにします


2013年7月15日 23:12頃
EosKiss X4
35mm F2を F2.2
15sec
RAW処理+Photoshop処理
元ファイル19M
トリミング+ファイルサイズ縮小








2013/07/10 19:02:00|イラスト綾瀬はるか
夏 がやってきました

こんばんわん !

梅雨 明けたみたいですね〜


若いころ この 「梅雨明け十日」という
太平洋高気圧の安定する時期を狙って 登山に出かけたり
しました

なんのスケジュールにもとらわれず
どーして そんな柔軟なことができたのだろう 

と 今は不思議な感じすらあります


でも 若い皆さん

若いときに 
スポーツにしろ レジャーにしろ 単なる旅行にしろ
あちこち出かけておいた方が絶対いいですよ

思い出 になるし
いろいろ「やってみる」という  経験の値うちが ね

思う以上に 人を作る気がしますね
(エラそう)





大河ドラマ 「八重の桜」  いいですね

明治維新前後の 描き方  いいのか悪いのか よくわかりません

ただ ドラマとして 十分浸れる ので

くり返し鑑賞 したくなるので


会津の首脳陣が無策なように 描かれている気もして
(そんなんで 「戦う」とかいうなよ とか)
なんか文句言いたくなる気持ちが働きますが
それも ドラマの作り手の手のうちなのでしょう

八重は 会津のお侍方に対して
分をわきまえている部分と  蹴散らして前へ出ている部分の
両方が見られるのが心地よい

頼りにならない とか 
頭が古くて話にならん(尚之助様や兄んつぁまに聞いていたはず)
という いらだちがあったのかどうか

会津武士の誇りをもって 次々と死んでいく人々に
どんな気持ちをもっていたのか
気になりますが  あえて説明されなくてもOKです

想像こそ 愉悦ですから


来週は 籠城戦も大詰め
八重が 砲弾の取扱いなどに関して 講釈をたれたりするシーンも
愉しみです




「八重の桜」 の 綾瀬はるかさん
りりしい姿あり
親しい人を案ずる姿あり
不満を飲み込むフクザツな表情あり・・
困難ななかでも 悲観しない明るさあり


画を描きたいのですが
難しくて なかなか手がでません


ようやく 一枚
できたので  up します


桜の下で 佇む八重


(元の画像は) 会津の行く末を案じているような立ち姿ですが・・



では また




P.S.
いったんupしましたが
画の タテヨコ比が なんとも収まりわるいので
修正しました
(まだ ヨコ足りない感がありますね)

ついでにPhotoshoで修正もしてみました・・









2013/06/29 17:38:05|ビバ綾瀬はるか
決戦のとき

八重の桜  すごいですねー

神がかってきた気もします(おおげさか)


いよいよ 八重が銃をもって籠城戦に参加します

八重もサムライの子
家並みのお触れ (こんな字でいいのか?)
数少ない味方の戦線が次々に突破されて お城に籠る
ということが どういうこと(になるか)は知っている

攻め滅ぼされるか 主君の首を敵に預けるか
の道しかない

そして 「ならぬことはならぬ」 の言葉が身に沁みついている
会津の人たちに 後者の選択は思い浮かばない

八重も 会津を奸賊扱いし滅ぼそうとまでする薩長側に対して
激しい抵抗心を抱きつつあります

八重の考え方は 
女子は女子なりに 戦いに参加する
自分は 鉄砲ができるのだから それを使って参戦する

従来の武家における男女のあり方を柔軟に解釈したものです
古くはないが 新しいという形でもない


ワタシは これまで深く考えないで「長州藩」支持派だったのですが

ドラマの  会津方の人々の姿には
本当に泣かされています
感情移入しまくりです


あの西郷頼母のズレっぷりも 悲劇のうち

しかし
そのあたりで 自分は考え込むのです
覚馬が会津に戻っていたら どういう戦い方をするか
死んだ 神保修理ならどう意見する?
視野の広い 秋月悌ニ郎は?

象山先生なら?
勝海舟なら?

やはり
不戦ではなかったか と
自分が 「腰抜け」なので そう思うのかも とは思いますが

世間にも 会津の人々にも いくらかでも納得させるための
なんらかのクッション策を打ち出せなかったのか と


容保の殿様も
会津の人々が 誇りを重んじ 家訓に従い
「ならぬことはならぬ」 という不問の選択をするであろうことを
予測して決断しているのではなかろうか と

武士の正しい道 のように見えて
「滅び」の美学にとり憑かれてしまっているのではなかろうか

主力が分散されて 備えがいないから子どもと老人を?
フツーに考えると 武家とはいえ
やっぱ やり過ぎ(武士らしくない)  と思えるんですけど


忠義を重んじるのはいいのだけれども
それに近いくらい 社会情勢や幕藩のあり方を検討するべきだったのでは・・



なぜ
薩長側は  外国から侵略されかねない情勢にもかかわらず
会津を滅ぼしてしまおうとするのか


京で 岩倉具視・桂小五郎と松平春嶽のシーンで
桂小五郎に 「官軍側と逆賊側が再び入れ替わることのないように」
といわせていましたが
自分的には

「これからの時代は 近代?の合理精神というものを追求していかにゃならん
武士道はわかるが こだわりすぎるなら滅ぼさねばならぬ

彼らに見えているものは御三家だ 親藩だ 譜代だ外様だ などという
幕藩体制の亡霊でもあるからだ」

とくらい いわせてもらいたかったな


ですので
前々回に 覚馬のセリフに
「会津は どこで道を誤ったんだー」 というのがありましたが

ワタシにいわせると

討幕派を敵視したときから

すなわち 将軍への絶対忠誠を疑わなかったときから

君への忠義 と
形式への追随 の差を自ら問わなかった ことから



きつい ですかね

とても 会津の人たちに感情移入しているように見えない? かな

でも 会津の人たちが まっすぐであるからこそ

ていうか
若い重臣たちは すでに そう感じているけれども
逆賊扱いされたまま降伏するわけにはいかん というだけでは と

神保内蔵助たちでさえも
ここまで 幕府は張子の虎だったのか と気づき
新政府軍側の主要人物と 考えが相反しているわけではない
ことくらい承知している

なのに

なのに 戦
しかも 展望のない戦



新政府軍が「正しかった」 などとは思わないし

会津の 義に殉じる生き方は 美しかったと思う

しかし
この戦いで その美しかったことを記憶にとどめたとしたら
また 大事な何かを見損なう


世の動き というものは
民酒党内閣から自眠党内閣にコロッとかわるように
ときに反対方向に大きくブレながら漸進していく
信じる所に従う という個の美学とは別の因子が働く

身分によらない合議というものをめざし、学問 経済力や兵器といった
「実」を重視しようとする新政府側は時代の波になりつつあった

指導層の方には その辺 割り切ってほしい と思うのです
 
「藩上げて戦う」 という言葉は やはり形式主義的です
信長や秀吉 そして神君家康も そんな言葉を使わなかったのでは
と思えるのです 


戦後のサヨク的思想からくる 歯の浮いた反戦主義かもしれませんが
ワタシの涙には
そんな思いも含まれています


一矢報いたい  それだけだったかもしれないなー
と思いつつ



P.S.
明日の「八重の桜」 見たら 
また気持ちが変わるかもしれませんが

今日のもやもや 思っていることを書いておきます

では よい週末を