なべ重 つれづれ草

つれづれなるままに、日暮らしコンピュターにむかいて、心に移りゆくよしなし事を、  勝手気ままに、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。
 
2012/06/22 2:00:09|芭蕉の句
大垣 奥の細道むすびの地記念館 2
大垣市 「奥の細道むすびの地記念館」は芭蕉が旅した足跡を
 
常設展示室を設け。江戸深川から、日光路、奥州路、出羽路、
 
北陸路、美濃路、むすびの地、大垣までの詠んだ句の重要な
 
葉の解説や、書簡、短冊、懐紙など参考資料が沢山わかり
 
安く展示してありました。
 
中でも芭蕉翁が歩いた足跡を200インチのスクリーンによる迫
 
力ある3D映像で専用のメガネをかけ約20分ほど「奥の細道」
 
を紹介されていたのには驚きました、まるで自分がタイムスリッ
 
プして旅しているような錯覚をしました。
 
大垣市教育委員会 文化振興課主事(学芸員)さまには長時間
 
詳しく説明をして頂ありがとう御座いました、お礼を申し上げま
 
す。







2012/06/10 1:06:20|芭蕉の句
大垣市 奥の細道むすびの地記念館
名古屋で商用があり早く終了したので、名神高速道路を通り大
 
垣市に新しく芭蕉記念館が出来たと聞き見学に行く。
 
残念ながら名神高速道路工事中のため到着が5時過ぎになっ
 
てしまつた。今年の4月8日オープンと聞く、大垣城の近くで国
 
道には道案内の看板がいくつもあり、迷うことなく目的地にた
 
どり着きました。広い駐車場に、新しい建物でバスでの見学者
 
が多いと聞きました。
 
 







2012/06/05 0:11:12|芭蕉の句
芭蕉 6月の句
昭和56年6月9日 岡本重光氏建碑、岡本氏が東北地方を旅
 
したところ、どこの土地へ行っても芭蕉翁の遺蹟顕彰が熱心に
 
行なわれているのに感動し、 旅から帰り人間探究派として有
 
名な俳人、加藤楸邨先生に筆を入れて頂く。
 
 この句は「笈の文」の旅のとき丹波市(現在、奈良県天理市)
 
石上神宮あたりで句を詠まれたとされている。
いそのかみじんぐう







2012/05/31 1:53:59|よもやま郷土史
源頼朝建立 岡八幡宮 3
岡八幡宮の長い階段を登ると本殿の西側に神具舎があり、室
 
内には貴重な絵馬が奉納されていた。一枚には「京都五条の
 
橋の上、源義経(常盤御前の子供)幼名牛若丸と弁慶の戦い」
                     ときわごぜん
 
馬と。
 
源氏の源義家(八幡太郎義家)、東国の安部貞任を打倒し源氏
            よしいえ                               あべの さだとう                  
            
 
勢力を作った「虚御前山の合戦」絵馬。絵馬の中には源氏の氏
                  とらごぜんやま
 
神様「正八幡大菩薩」と書かれたのぼりが描かれて、源頼義
 
(頼朝の父)、八幡太郎義家、安部貞任などと名前が書かれた
  よりとも          はちまんたろう  よしいえ   あべの さだとう
 
戦いの様子が描かれていた。又絵馬の奉納は明治21年と額
 
縁に書かれて解読に苦労しました。
 
驚くことに義家には「納豆伝説」があり、当時軍馬に煮豆など
 
与えていましたが。緊急の時には煮豆を水を切り豆俵を馬の背
 
に積み重ねて運んでいましたが、偶然にも馬の体温で煮豆の
 
豆俵が温度が上がり1日から2日で糸引き納豆に変化したと言
 
われています。
 
義家が通った街道筋は「ナットウロード」とも言われ「納豆発祥
 
の地」と記念碑が存在しているそうです。
 







2012/05/23 0:47:30|芭蕉の句
芭蕉 五庵 9
蓑虫庵、緑に囲まれた静かな庭園を一回りして、管理棟に入る
 
奥には芭蕉翁の資料室となってる。
 
芭蕉翁から芳に贈られた「蓑虫の音を聞に来よ艸の庵」
 
色紙や「古里や臍の緒に泣く年の暮」などの原文の拓本など
 
販売もされている、俳句を好む人達は買われていくと事務局の
 
人が言われていた
 
私には部分的にしか詠むことが出来ないが、江戸時代にはこ
 
のような文字で書かれて、文字から推測すると芭蕉さんは力強
 
く。叉、書に制約されない、のびのびとした文字で書れてい
 
が自然に生きた文学者と思う。