第二次世界大戦でナチスドイツを率いた総司令官
アドルフ・ヒトラーには、本来2つあるはずのこう丸が1つしかなかったそうです。ヒトラーが残した言葉にこう丸が1つしかないことに関してコンプレックスを抱いているように感じる言葉もあり、独裁者のイメージが強いヒトラーも意外な一面があったことがわかります。
では、なぜヒトラーにはこう丸が1つしかなかったのか見てみましょう。
詳細は以下より。
Nazi leader Hitler really did have only one ball - Telegraphヒトラーは第一次世界大戦中の1916年から行われたソンムの戦いに参加しており、戦場で股間の辺りに大けがを負い治療を受けていたそうです。ここまでは一般的によく知られている話ですが、この時ヒトラーのこう丸が一つ取り除かれたことはあまり知られていません。
当時ヒトラーの治療を行った戦争医のJohan Jambor氏は1960年代にその時の会話内容などを記した資料を残していたそうです。Johan氏が当時の様子を克明に記した資料は生前に公開されることは無く、Johan氏の死後23年たって公にされたとのこと。
Johan氏の友人であるBlassius Hanczuch氏は「Johan氏は
ソンムの戦いでヒトラーの命を救ったことを後悔していた」と証言しています。Blassius氏によるとソンムの戦いで負傷した大勢の兵士の中にヒトラーがいたようで、ヒトラーは腹部から下半身にかけて血まみれになっており、「助けて!助けて!」と大声で叫んでいたとのこと。その叫んでいる様子からJohan氏はヒトラーのことを「Screamer」と呼んでいたそうです。
治療の際こう丸を一つ摘出したのですが、摘出後ヒトラーがJohan氏にかけた初めての言葉が「私は子供を作ることができるのでしょうか?」という不安を抱いた質問だったとのこと。独裁者のイメージが強いヒトラーですが、こう丸が一つしかないことに対しコンプレックスを抱き、その後について不安を感じるという、意外な一面もあったことが想像できます。