「かすが」号の話の続編です。ここでは少し私見を述べてみたいと思います。ご存知のとおりJRに移行してからの「かすが」号は1日1往復、しかも通常は2両編成と言うミニ急行でした。優等列車というには寂しい姿ではありましたが、この列車こそ、関西本線がその名の通り“本線”であることを象徴する列車であったと思います。関西本線が既に名阪間を結ぶ路線としての役割を他に譲り、亀山、加茂を境として事実上3つの別の路線と化しているのは紛れもないことです。しかし、「かすが」号はこの境を越えて、大阪(JR難波)までは届かないものの、路線の約3分の2を直通し、沿線の主要都市を結んでいたということは、関西本線がそういった役割を歴史的にも果たしてきたという“生き証人”であったと言えるからです。また、そういう役割をこれからも背負わせることが可能な、潜在能力のある路線であることを示す存在であったと言えるからなのです。「かすが」号の廃止は、単に1往復の急行列車がなくなったということ以上に、関西本線の存在意義を問う大きな意味を持つと思います。(続く) (画像 左=「かすが」の愛称板、中=桜満開の笠置駅を通過、右=「かすが」孤高の旅路 |