山陰の小京都「津和野」に向けて疾走する「やまぐち号」は、市街地が連続する県都山口までは平坦区間を軽やかに駆けるが、ほどなくしてトンネルや勾配区間が連続する山間区間に入る。速度も落ち、喘ぎながら進むようになると、デゴイチには申し訳ないが、筆者はここからが蒸気機関車の旅の真骨頂だと考えている。この旅をぜひ五感で感じたいと思っているが、幸いにもこの“新しい”客車は窓が開く。ボックス席に相席の方にはお断わりして、側窓を少しばかり開けさせてもらうと、あのいい香りが漂ってくる。鼻の奥に少しツーンとする、かぐわしい“ばい煙”の香りだ。そして耳を澄ませば、線路のつなぎ目を刻むジョイント音に加えて、前方からボッボッボッというブラスト音も聞こえてくる。これこそが蒸気機関車の旅の醍醐味である。トンネルではばい煙が入るので窓を閉めてという放送が入る。私は全く平気なのだが、他の方には迷惑だったかも知れない。 行程の中ほどにある地福駅では10数分の停車時間がある。峠越えを頑張ったデゴイチもここで暫し休憩をとる。津和野までは9駅に停車するが、ほとんどの駅は停車時間が短く、それでもホームに降りて写真撮影に挑もうとする人は多いのか、毎回、車掌から追い立てられるように促され車内に戻されている。しかしここではようやく落ち着いて記念写真を撮ることができるのだ。どうせ急ぐ旅でもなし、過密ダイヤの中を行くのではないのなら、できればもう少し停車時間の長い駅を設けてほしいところだろうか。それにしても、沿線でやまぐち号を見守る地元の人たちは温かい。列車に向かって手を振る人の多いこと多いこと。沿線で手を振る人を見かけたら、是非ふり返して下さい。と案内放送も入る。45年間、山口線沿線で愛され、支えられてきた証だろうとしみじみ思う。 その後、いくつかのトンネル、鉄橋を越え、田園風景の中を進むと、この地域特有の赤い瓦屋根、石州瓦を葺いた家並みが眼下に見えてくる。早くも終点の津和野である。2時間の旅も筆者にとってはあっという間だった。しかし、落胆することは無い。まだお楽しみは続くのだ。(続く) ※画像右=峠越え後、地福駅で小休止するデゴイチの面構え、画像左=展望車のオロテ35は、戦中戦後に活躍した展望車マイテ49を再現したもの |