宿泊施設も併設した道の駅陸別に昼頃到着し、昼食を済ませた後、体験運転の受付を済ませ旧陸別駅ホームに出た。驚いたことに現役当時そのままに広大な駅施設が残され、新たに敷設されたであろうトロッコの線路など鉄道公園としてさらに整備されているようだ。 担当される指導運転士さんに挨拶し、構内に停車中のCR70型気動車に乗り込む、私が予約したのは80分間のLコース、駅構内の500mを往復する。運転に必要な手順等レクチャーを受け、さっそく運転席へ、構内は制限20km/h、両運転台のため、進行方向を変えるたびに車内を移動する。構内を何度も往復。やはり難しいのはブレーキ操作、空気ブレーキの微妙な感覚は慣れるしかないと痛感する。停止目標に合わせようと急ブレーキになったり、オーバーしたり、手前すぎたり、しかし何度か挑戦するうちに目標位置で停止できるようになると気持ちよく、上手になってきたかなと少し得意げになる。途中、構内ポイントを手作業で転換する体験もあり、転轍(てんてつ)機ではなくレバーを回転させる方法だったので、意外に重労働だと感じた。指導運転士さんは愛想のよい方で、私がこの日のために用意していた廃品のJR貨物の上着と国鉄機関士制帽を見て、自分もJR貨物の機関士だったと教えてくれた。上着は千円で買ったと言うと苦笑いしていたのが少し可笑しかった。この日は楽しかったが、さすがに休憩なしで80分頑張ると正直少し疲れもしたので早めに宿泊施設にチェックインし休むことにした。 体験運転はコース別に分かれていて、お試し的な15分間のSコース、この日私が挑戦したLコース、Lコースを修了すると次は、構内を出て旧本線を北見寄りに1.6Km先まで往復できる銀河コース、さらにそれを修了すると2.8Km先までの新銀河コース、さらにその次が5.7km先の分線駅まで往復できる分線コースにステップアップしていけるシステムだ。私は旧本線の運転もしたかったので、初日にLコースを修了して次の日に銀河コースを申し込んでいた。 旧陸別駅に併設した宿泊施設は、食事つきで清潔感があり、満足できるものだった。夕食後に周辺を少し散歩したが、夜空が美しく印象的だった。途中、キタキツネと出会ったが、ほかの野性動物との遭遇を避けたいのであまり長居はできなかった。 翌日は、いよいよ本線運転。指導運転士は昨日の方とは違う人であまり雑談はされない。駅構外へ出るということは、何が起きるかわからない、体験とは言え緊張感を持ってということだろう。まずは、駅構内で昨日のおさらいをしてから、旧本線運転用の車両に乗換える。実は、軌道は北見寄りに走行可能になっているものの、道路と交差する踏切までは復活していないため、陸別駅構内すぐの踏切を越えた先に車両1両分の車庫があり、そこに停めた車両を使用するのだ。とはいえ構内用の車両と同型なので、操作方法は変らない。車庫を出たすぐのところに、足場用の鋼材で組まれた簡易な駅ホームから安全確認要員の女性を乗せ、指差喚呼、汽笛を軽く一声して発車する。目的地は1.6Km先の駅だ。途中に架空の駅と徐行区間もある。少し登り勾配であるが、制限20km/hのため、ノッチ(アクセル)を入れては戻しの連続だ。構内とは異なり、緊張感がある。廃線になっているとはいえ、本線上を自分で列車を運転している高揚感と相まって、一瞬これが現実のことか分からなくなる不思議な感じだ。途中、民家のそばを通る箇所は制限10Km/hの徐行区間のためブレーキを操作し減速、指導運転士の"徐行10”の喚呼に続いて自分も喚呼する。徐行区間を過ぎて加速すると、指導運転士が“シカがいるから気を付けて”の声、見れば進行方向に大きなシカが見える。エゾシカだ、線路内に入って衝突でもすれば一大事だ、急に不安にかられる。再び減速し指示通り注意深く通過した。実際の運行でもこういうことは多いに違いない。わが地元でも動物との接触が問題化しているが、北海道ならなおさらだろう。列車を動かす操作は素人でも覚えれば出来るが、本職なら緊急時にこそ正確に迅速に落ち着いて対応出来る技能を身に付けている。そこが大きな違いだと実感した。 結局、時間内に往復3.2kmを3往復もさせてもらった。慣れてくると、もう少し速度を上げたくなる気持ちになったが、そこは堪えながらも都合10kmを自らの手で運転した歓びは筆舌に尽くしがたい。束の間の鉄道運転士だったが、小さい頃の夢を叶えた充実の時間だった。 ※画像上から、陸別駅構内に停車するCR70型気動車、旧陸別駅は高倉健さん主演の映画「幸せの黄色いハンカチ」のロケ地でもあったらしい。北見寄りに復活した旧本線用車両の車庫、旧本線の簡素な起点駅「かんさい」
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