(善峰寺 からのつづき) というわけで 京都縦貫道の亀岡ICまで走り そこから すぐ近くの穴太寺へ 老ノ坂を越えましたので ここは丹波の国
西国三十三所 観音霊場めぐり 第二十一番札所 菩提山 穴太寺 (あなおでら ←あのうでらでもよいのかな)
かかるよに うまれあふみの あなうやと おもわでたのめ とこゑ ひとこゑ
この歌は ちょっとむずかしいですね 「近江(淡海)」の「穴太」やと・・かかっているようですが これ どういう意味も含むのでしょう? 疑問保留・・
ここは数年前に来ています が 本堂前で拝んだだけでしたので お詣りして 御朱印をいただいた後 ご本尊(聖観音様)拝観と 書院拝観をしました
入口には 手の届くようなところにツバメが巣を作っていて すぐ横の灯りのところに一匹いました 和むww
本堂内の奥には 等身大くらいの寝仏 がふとんをかぶっておられ 病や痛みに苦しんでいる者は 仏様の当該部分を撫でさせてもらって 平癒を祈ることができます
ので わが老父が 冬からずっと足が(末梢血管血行不良で)痛い痛いと いっているので 失礼ながらふとんをめくってw 撫でさせてもらい 快方に向かうよう 代理でお願いしました
御朱印をもらう時 受付の方に 「どちらから?」「三重県から」 「クルマですか?」 「いえバイクで」 「えーー!」 「いえ」 「これから総持寺へ?」 「今日はもう帰ります」 「いい山道あるよ」 「あ そうなんですか?」 (えー おばちゃん なんでそんなことを知ってる?) いや 道知ってるだけか ワロタww
快晴のもと 山門を出て 缶コーヒーを一本 すぐ帰路へ (1時間半くらいで帰着できます) では また
P.S. ここ最近のwoyajiは 老父からあまり離れられない状況で・・ どこかに出かけたい衝動は強いものの 夜討ち朝駆け なんてとんでもなく 半日〜 よくて9-17時程度の時間制約からあまり逃れられませんw
桜の季節ということもあり バイクで ピューっと行ってサーっと帰ってくる感じwで フラストレーションを低減しています
思えば 昨年秋 よく思い切って憧れのバイクを買ったものだ と思います woyajiは還暦越え もう そう長くはバイクを乗りこなせません 知人の中には 亡くなっていく同年輩もいたし 病気や不調に悩む人もいる
わりと楽天的なwoyajiは ずっと(以前) 自分は長生きするという思い込み のようなものを持っていました (おそらく 体力に自信があったのでしょう)
しかし 最近 その考えは どこかに吹き飛んでしまい 今のうちに 身体が元気なうちに 世の中が平和(安定)なうちに 「愉しんでおかなくてどーする!」
もう完全に 刹那主義 ? 老人の逃げ切り思考 w w 精神が貧しくなった気が 多少しますが w まあ 正直 そんなところです
経済的に老後が大丈夫なのか? とも思うし 「愉しみ」方も 偏っているw気がしますが それも まあ よし OK 当面は この考えでいこうと思います
果たして・・これが・・ み仏の教えに沿うもので ありんしょうか?
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