この子を一生面倒見る。 そんな決意をしたことを思い出します。 生後半年ごろからたびたび喘息の発作を起こしていた次男坊、入退院を繰り返し、小学に上がるころには入院しても要領よく点滴をする手は左手しか出さない、診察後に点滴の針を入れるとき右手を後ろにして左手を出していました。 なぜならご飯が食べにくいのです、右利きですので右に点滴をされるとホースが付いているので大変なんです、どんなときにも食欲は落ちませんでした。 年に3〜4回入退院していました、その頃でしたもうこの子は一生面倒見なければ成らないと思ったのは、ちょっと疲れたり寒い中に長時間いるとヒューヒュー言い出して即病院行きでしたので仕事など出来ないと思ったのです。 中学を出て高校に入った頃から入院が無くなり、発作の数も減ってきて高校を出てからは少しヒューヒューいうことが有っても病院行くほどのこともなくなりました。 その子が結婚することが決まってからは、その頃が良く思いだされます、一晩中抱いて寝た幼い頃、病院で絶対左手しか出さず半泣きになりながら右手を隠していたこと、この子が親になっていくことが不思議なような気がします。 |