なべ重 つれづれ草

つれづれなるままに、日暮らしコンピュターにむかいて、心に移りゆくよしなし事を、  勝手気ままに、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。
 
2010/05/04 18:16:58|芭蕉の句
芭蕉 5月の句
「松尾芭蕉5月の句」 旧大山田村須原大橋のたもとに、
 
した台座も何もない芭蕉の句碑が建てられていた。又「南
 
無阿弥陀仏」と書かれた石碑が建てられ左側面に「右なら大阪
 
道・左山道」と書かれた街道筋の道標と思う。
 
この道は芭蕉翁も2、3度久居から長野峠越をした道で、近くに
 
猿蓑塚「初しぐれ 猿も小蓑を ほしげ也」や新大仏寺参拝で詠
 
んだ「丈六に  かげろう高し 石の上」由緒ある場所で川辺に、
 
サンショウウオ生殖地の看板が立てられていた。







2010/05/03 2:01:20|上野城
上野公園 散歩道
天候不順な気候が続いたが、5月に入ると天気はポカポカ
 
と春めき、上野公園に散歩に出かける。お城の高石垣から
 
遠く水平線を眺めると山々は緑に色ずき、大自然の変わら
 
ぬ営みを感動して 杜牧作「江南春望」の漢詩を口ずさむ。
 
「千里うぐいす啼いて緑くれないに映ず、水村山かく酒旗の
 
風、南朝四百八十寺、多少の楼台煙雨の中」 
 







2010/04/25 1:14:50|西嶋八兵衛
西嶋八兵衛 36
数少ない「西嶋八兵衛画像」西嶋家所蔵 写
 
  ☆西嶋八兵衛翁 書き残した書籍 @☆
 
☆ 藤堂高次(二代藩主)藤堂大介(三代藩主高久の幼名)
 
   の為に習字の手本50巻
 
☆ 「入木抄」 習字の手本書 尊円親王が修業中師匠から
  じゅうぼくしょう
         一言半句をもらす事なく書き綴られたものと 
  
         言われている筆写し書。
 
☆ 「万大控」 15冊 大阪両陣の記録を初め藩政に関す
 よろずおおひかえ
         る記録を詳細に手記したもの。
 
☆ 「公事裁許控帳」 「西嶋家日記」 2冊
   くじさいきよ ひかえちょう
  
☆ 「諸願諸等控帳」 「役用覚書」 「城和御領旨改人数総
  しょねがいしょつけなどとうひかえちょう   じょうわごりょうしゅうしにんずうそうもくろく
 
  目録」 「在津日記」 各一冊 「俳諧巻」4冊などの記録
         ざいつにっき            はいかいまき
 
  となって今に残りこれらの書籍は西島家より寄贈されて
 
 現在の伊賀市図書館(藤堂藩の講堂「崇広堂」)に所蔵さ
 
 れている。
 
 







2010/04/23 2:04:45|西嶋八兵衛
西嶋八兵衛 35
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雲出井の郷民は西嶋八兵衛翁の徳と功をた
 
たえ、水の分水地点に水分(みくわり)神社
 
を建て、350年以上前から今も毎年4月19
 
日、祭典は執り行なわれている。
 
今は当たり前になっているが、水を守るため
 
雲出井土地改良区の人たちの尊い歴史を守
 
重みを感じされられる。
 
 







2010/04/19 0:41:21|西嶋八兵衛
西嶋八兵衛 34
文書 「西嶋八兵衛の足跡」 画像を何度もクリ
 
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