関西本線の名古屋から湊町間が、全線非電化だった半世紀ほど前。鉄道100年に始まり、湊町奈良間電化を控えて、空前のSLブームが巻き起こった。平成の時代も終わり、懐かしさを通りすぎ伝説の世界に入った、あの時代にタイムスリップする懐古鉄なブログです。
 
2022/07/01 18:58:38|伊賀線
旧伊賀線現役の頃その2

前回に続き、国土地理院の空中写真、USA-R1226- 1948(昭和23)年3月31日と。USA-R1329- 1948(昭和23)年4月25日の米軍撮影分から編集と加工(方角を合わす回転他)を行なった。

上 USA-R1226-11から
大阪線との交差を西進し南南西方向に進む、西原駅から蔵持駅までの全体像。近鉄桔梗が丘住宅地が造成される前の姿。伊賀線が名張(上野)街道と少し離れ、単線の大阪線に再接近する場所に両線を横切る道路。1964(昭和39)年10月1日開業の桔梗が丘駅の構内踏切はこの辺り。

中 USA-R1329-31から
営業再開直後の西原駅付近の様子。変形五差路の西原交差点の東側にL字の白い部分が見える。縦線部が駅への通路で横線部がホームと思われる。

下 USA-R1226-12から
蔵持駅付近の様子。蔵持小学校と大阪線の間に大きな農業倉庫と小さな建物。北北東方向にシャックリ川橋梁。旅客ホームは西側で、東側にもホームらしき影、西名張方で分岐する路盤らしき像。写った架線柱の間隔から推定すると相当長い構内で、貨物用の側線(の跡)、あるいは交換設備(の跡)なのだろうか。

旧伊賀線現役の頃その3 につづく。

 





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