伊賀の奥

「伊賀の奥」は私の処女句集の名であり、「不治人」は私の仮名である。読んで判るだろうが、私はきわめて重度の障害者だ。そんな私の生きる糧にしているものが俳句である。伊賀の奥に隠遁してより三十二年が経とうとしている。不治の身になってより三十七年、なんと長い年月であろう。否それが、過ぎてしまえば凄く早く感じられるから不思議である。そんな私の存在をサイトとして誇示したい。
 
2017/09/12 22:12:00|俳句
やっつと更新

  やっと更新、いつも覗いてくれている方に申し訳ない思いで一杯です。こんなにズボラな自分が情けなくて仕方ありません。何をしていたのだろうか、何がそんなに忙しかったのだろうと考え込んでいます。環境は何も変わっていません。母も変化なくいてくれます。何の不足もありませんが、怠け癖が付いたまま日々が過ぎてしまいました。八月の暑さにもなんとか耐え、母子息災でいられることに感謝せねばならないところですが、己に不満が出て辛いです。血圧の乱高下が少し気になります。 先日、芭蕉祭顕詠句学童の部の選考会に行って来ました。今年は保育園、小学一年から三年のおよそ八千句を五人で共選して来ました。佳作を選びたい思いと、類想と類似句でない句を選ばねばという気持ちが一つになって困りました。上手い句と感嘆しても、どこかに載っていた句ではないか思ってしまうのでした。長時間の車いすに乗っていることは尻の傷を悪化させ汗がしきりと出ました。選句の難しさに苛まれる八時間でした。そして、最終特選三句と入選五十句を選んだ結果、自分が指導に行った学校の入選句がないことの寂しさをひしひしと感じ虚しくなりました。
 
 日の丸の唄が十八番や生身魂
 
 水面にあかね雲群る法師蟬  
 
 雲脚の徐々に早まる法師蟬   
 
 秋風に深み増したり松の風 
 
 棚田焼く火に追はれたり群れ蝗 
 
 棺にはこの白菊を入れてほし 
 
 菊の香や雨に叩かれ流されて
 
 風に吹かれ秋刀魚食ひたくなりにけり 
 
 じやんけんで母とあそふや鳳仙花
 
 泳ぎ切るまで穴まどひ見てゐたり
 
 倒伏の稲田に旋風巻くところ
 
 くり返しつくつくぼうしつくぼうし
 
 間引き菜のサラダひと鉢綾子の忌
 
   世の中は日々何かと起こり、なんとか修まっています。しかし、北朝鮮の馬鹿げた虚勢、ミサイル問題に国民の恐怖心は募り、今後の進展か危ぶまれてなりません。制裁決議が採択されても、効き目がなく一層暴走するかもしれません。わが贔屓のプロ野球チームも大相撲の力士も、イマイチ期待外れで哀しい最近です。
  







2017/07/26 21:39:51|その他
梅雨が明けても
  伊賀はようやく梅雨が明けて本格的な夏になりました。昨日は近くの小学校五年生に俳句指導に行って来ました。夏休み前になると俳句指導に来て欲しいと言ってくれる。有り難いことです。私もこの時ばかりは存在感を実感することが出来ます。何かで社会に役立つことになれば嬉しいのです。年々少なくなり今年は二校だけで少し寂しかったです。子供たちは喜んでくれ、一緒に俳句について考えてくれます。わずかな時間で俳句が上達するわけがありませんが、子供たちは喜んでくれます。「俳句が嫌いな人」と聞くと三十人のうち七、八人が手を挙げました。子供は正直で、大人なら俳句指導に来ている人の手前、嫌いとは言わないでしょうね。梅雨は明けても私はスッキリしません。「梅雨開けて婆らに笑顔増えにけり」なんて句でお年寄りを励ましているものの、わが心は沈みがちです。贔屓の巨人今シーズンはもう諦めたし、大相撲は自分の推す力士がことごとく大敗、俳句作りも捗らず、介護保険のサービスが始まりましたが何も変化はありません。車いすを乗り生じる尻の傷も治ることはないようです。母は七日に誕生日を迎え、満九十三歳になりました。生年月日は覚えていても、自分の年が言えないようで、九十の端が解らないらしいです。
 
 九十の端忘るや大土用
 
 梅雨明けの近し葉の照り雲の照り
 
 柿の葉のことにてらてら梅雨明くる
 
 山の湯へにいにい蟬に誘はれて
 
 猿野てふ青嶺の坂を上り下り
 
 卒寿越へ笑顔で大暑過ごしけり 
 
  今日は年に一度の重度障害者の吟行会に「さるびの温泉」へ出かけてきました。社協職員さんとボランティアさんのお陰で続けていける会であり、感謝の気持ちが満ち溢れていました。障害者への補助も縮小される昨今、存続していられることを大いに感謝する吟行会(親睦会)でした。







2017/06/19 19:53:03|その他
空梅雨
  梅雨入りしてより未だ降らない伊賀である。雨なら三日も続けばもううんざりで、人はやかましく言うだろうが、晴れが続いても人は何も言わない。水不足が起こらないかぎり空梅雨を嘆く人は少ないかもしれない。そんなに蒸し暑くなく爽やかな日が続くことを喜ばずにはおられない。デイの利用者さんらはまだ長袖を着ておられる。私も傷があるため冷や汗なるものが出て寒くてならない。困ったものだ。しかし、この裏が来るかもしれない。今週は梅雨らしくなるとの予報、大雨にならないことを願う。ブログ更新もなかなか出来ずに恥ずかしい。思い切ってパソコンを新しくしたので使いにくくて困るが、日々慣れて行くだろ。日々平穏で有り難いが、贔屓の巨人が弱いのが気に入らない。俳句関係で外出する機会もなく寂しい。政界では誰かの意向とか、忖度が問題になって久しいが、それを認めさせて内閣総理大臣を失脚させることは無理だろう。そんな無駄なことをしていないで、もっともっと政治家は国のことを考えて欲しいいものだ。紫陽花も日照りで花が遅れ、そんなに美しくない気がする。あやめ、花菖蒲などは縋り卯の花や花茨が盛りである。先日、野花菖蒲を観に行って来た。伊賀市西の沢、県の天然記念物とか。花菖蒲の原種でありもっとも滋味、私の好きな花である。三重県で二か所が指定、もう一か所はどこか。
 
じやがたらのこぞり咲くなり誕生日
 
三昧に匂ふ墓標や青嶺晴れ
 
葛饅頭部屋通り抜く嶺の風
 
ちぢれ毛を嘆くをんなや梅雨の底
 
卯の花の垣をくぐりしあらい熊
 
てふてふのもつれもつれて立葵
 
白雲の瀬に砕けたる青嶺村 
 
真乙女の足裏美し螢の夜
 
紫の風起こる野や花しようぶ
 
転がりて梅雨を喜ぶだんご虫
 
降り出しは霧雨けぶる青山椒
 
この四葩隅田の花火と呼ばれけり
 
十薬や雨粒溜めるだけ溜めて 
 
どくだみの咲くや真昼の闇深し 
 
膝抱いて無言の幼子梅雨の底
 
空梅雨の嶺の大きく羽ばたけり  
 
  母は元気でいてくれるが、やはり記憶は徐々にというより、最近頓に酷く、忘れ易くなった気がする。デイサービスを受ける人の中でもトップクラス、一緒に居て「おいおい、今さっき言うたやないか、同じこと聞くな」と怒ってしまう。傍に居たワーカーが「それが一番ダメなのですよ!保さん」と注意をしてくれた。私も引かない「ケンカして怒らすのも刺激になっていいのや」と言ってしまう、なんとなく虚しくなりながら。考えてみれば悲しい、これ以上母は悪くならない、そう念じながらの話である。ワーカーは学んだことを言うが、それが正しいとは思っていないだろう。私はやがて93歳になる母にまだまだ世話になろうと思っている。よくよく考えてみるに、母がもし居なくなれば、母がしてくれていたことを即ワーカーがしてくれるとは思えない。今でも医療行為の導尿についてはグレードゾーンであって、はっきりは言えない。だから母が居てくれねばならない。私には誰より居て欲しい母なのだ。 







2017/05/11 19:32:05|俳句
夏めく
  日毎夏めいてゆく昨今です。いつの間にかゴールデンウイークも過ぎてしまい、何とも言えない虚しさを感じております。どこへも行けなかったとか、誰にも会えなかったとかいうのではなく自分らしく過ごせなかったと言う寂しさです。五月は私の誕生月で、何度も書いていますが満65歳になります。介護保険制度の介護認定は予想通り「5」でした。やっぱりと言う実感ですが、負担額が多くなるのは仕方ないことでしょう。僅かな預貯金を取り崩してでも生きていきます。介護保険に移行して何のメリットがあるのでしょうか、今後解ってくるだろう。今日は恒例の「しらふじの里」のイチゴや狩りでした。時期としては遅い感じで、紅ほっぺ・章姫・かおり野の三種とも少し長けていた気がしました。しかし、楽しんで食べさせてもらいました。50個弱でしたか、昨年の 70個には及ばなかったので悔しく思いました。ワーカーのひとりは102個食べたと、周りを驚かせていました。嬉しかったことは、かつて勤めて呉れていました人が参加してくれたことでした。落ち込んでいる私の心を明るくしてくれました。久しぶりの外出に精神が浄化された気がしました。
 
 どこがチユどこがリツプやチユーリツプ
 
 滑り台逆さにのぼる落花かな
 
 音立てて日光月光椿落つ  
 
 ほつれ毛を掻き上ぐ女将夏兆す 

 たかんなの突き破りたる錻力板
 
 安楽といふ寺の名や大牡丹 
 
 鯉幟の尾鰭いぶかる雀かな  
 
 右ひだり違ふ目薬麦の秋 
 
 花は葉にハムを分厚く切りをれば 
 
 ミサイルのやうな筍剝いてをり  
 
 真をとめの足裏の美しき夏よ 
 
 卓上に光るスプーンや柿若葉 
 
 ありがとうを言ふは立夏のひびきあり 
 
 外郎の抹茶が好きや五月来る 
 
 葉桜に包み込まれし停留所 
 
 護憲派を貫く男菊挿し芽   
 
  いちご狩りは母と一緒でしたが、帰るなり「お前、どこへ行ってたんや」と聞いて来ます。いよいよ進行しているのかなと実感せざるを得ないのですが、思い返せば昨年も帰るとすぐ忘れてしまっていた気がします。有難いことです。昨年と然程変わって居ないのです。と、ひとり納得しています。この日曜日は「つつじ祭」です。どんな句を投句してくれるだろうか、どんな人と会えるかが楽しみです。毎年第二日曜日は「母の日」、もう久しく母に付き添って「余野公園」へ行ってもらってはいないけれど、「誰が行ってくれるんや、私が行かなくてええんか」といつも言います。有難いことです。感謝の気持ちで一杯です。「母の日やいつもの情を忘れずに」 また駄句を掲載してしまったようです。







2017/04/07 22:47:29|俳句
さくら時

  桜咲く時期が来ましたが、平常心に変わりなく日々感謝して過ごしております。今年の開花は遅れており、まだチラホラの伊賀です。天気予報ではこの先しばらくは雨や曇りとか、美しい桜を観ることはできない気がして寂しくなります。プロ野球が開幕、わが贔屓のジャイアンツは好調で気分がいいです。先日、介護保険の調査員が来てくれて認定の為の聴き取りをして帰られました。とぼけたことも、変なことも言わず淡々と答えました。どうなるでしょう私の要介護度は………。「しらふじの里」のお世話にならなくてはならない私、「しらふじの里」に少しでも多くの利益があればと思わずにはおれません。介護保険と聞くと歳を感じ情けないです。65歳、何も変るもんかと強がりを言ってみても仕方ありません。あちこち痛くて肩が凝り、気力が薄れます。若いワーカーに囲まれていますと、歳やなと言われ、古臭いなと思われて当然なんです。皆優しくて、臭いとか、うっとおしいなと言われないだけでも有難いと思うことにします。 伊賀市では議会議員選挙がありました。イマイチ盛り上がりが無かった気がしましたが、新人議員がどれだけ活躍できるかに注目していきたいと思います。市の為に尽力してくれる人ばかりだと思いますが、聞こえて来る噂はいろいろで面白いです。世間の人は勝手気儘な事を言うものです。議員さんは月33万2千円、諸手当89600円、ボーナス140万5千円貰えますから、それに見合った働きを希望したいと思います。
 
 山笑ふ白寿が卒寿追ひ越せり 
 
 末黒野に鳥発ち雨の降りはじむ
 
 雨脚のぺんぺん草を鳴らしくる 
 
 すみれ濃し日に窪みとも凹みとも
 
 すり傷の治りて痒し桜東風 
 
 荒東風の中顔ふつて走る子よ
 
 黒文字の花一輪を壁掛に
 
 花一分一分の力入れてをり
 
 青饅や窓越しの日は眠たくて
 
 白魚の目が嫌といふ女かな 
 
 蝿生るや電灯の紐切れてをり
 
  トランプ米大統領がシリアへの空爆を実行しました。北朝鮮はいくら制裁を加えてもミサイルを打ち続けています。なんとなくきな臭い世の中です。新しい事件が起きると、それまで騒いでいた事が忘れられます。森友学園問題はどうなりますか。このブログの更新もなかなか出来ず、読んでくれる人には申し訳ないと思います。書く内容が興味のないことばかり、日々の生活が平凡だから仕方ありません。母のことを案じ、母のお世話になり日々を地味に生きているだけです。不足に思わず、足るを知る日々にしたいと思うだけです。さくら時、心が昂ぶって来るものですが、なんとなくもの悲しいのはなぜでしょうか。







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