好天に恵まれた5月のある日、久しぶりに名松線に乗りに出かけました。目的は車窓に広がる眩しいばかりの新緑を愛でたくて…。前回は、災害復旧し全線開通した直後の5月に乗りに出掛けたが、その時に見た車窓の新緑が忘れられず、機会を伺っていた次第。今回も妻を誘ったが、異論は出なかった。やはり同じ思いを持っていたようだ。新緑を拝みたければ、地元の伊賀でも堪能できる。しかし、名松線にはそれ以上の魅力があるように思う。
目的地は終点の伊勢奥津、クルマ利用なら自宅からでも1時間程度、だが列車を乗り継げば3時間もかかってしまう。とても常識的な移動手段ではないが、鉄道に乗ることが主目的なのだから構いはしない。むしろ長ければ長い方が車窓の景色をより長く楽しめるというものだ。
名松線の名の通り、本当は名張まで繋げたかった路線。以前は名張からでも三重交通バスを利用すれば伊勢奥津まで行くことができ、先人が抱いたかつてのルートを辿ることができた。しかし、今はもうバス路線も短縮され公共交通機関で辿ることは出来ない。
さて、名松線の旅での魅力は、車窓を彩る山々と幾度も寄り添う清流の景色、所々にある耕地整理されていない田圃や畑、農村集落。末端閑散線区ならではの片式ホームと小さな待合室だけの無人駅、そして絶滅危惧種となったタブレット交換が見られることなど枚挙に暇がない。移動時間を気にする方には苦痛そのものだが、「家城駅」以西は一部で時速20〜30`ほどのスロースピードでゆっくり進むものだから、景色が近く手に取るように見える。これを松阪駅の名物駅弁屋「あら竹」の松阪牛を使った極上駅弁をお供に見やれば、実にこの非日常が楽しくて仕方がないのだ。
名松線は幾度の廃線の危機を乗り越えた強運なローカル線だが、沿線地域ともども現状は厳しいに違いない。他のJR各社が打ち出しているような維持困難線区の象徴のようだが、会社が体力的に余裕があるJR東海ならばこそ維持できているのだろう。しかし、前回のような大規模災害に見舞われたらと思うと、決して未来が明るいとは言えない。伊勢奥津駅に併設された休憩所兼売店では「守る会」への寄付を募る募金箱や応援グッズが販売されていたが、地元ではやはり危機感を持ち続けていると見た。私も、末永くこの愛すべき鉄路が残るように、微力ながら応援していきたいと思う。