関西本線の名古屋から湊町間が、全線非電化だった半世紀ほど前。鉄道100年に始まり、湊町奈良間電化を控えて、空前のSLブームが巻き起こった。平成の時代も終わり、懐かしさを通りすぎ伝説の世界に入った、あの時代にタイムスリップする懐古鉄なブログです。
 
2026/08/25 18:20:04|電車列車
奥三河の旅7

1976(昭和51)年7月23日(金)

現 新城(しんしろ)市、旧 鳳来(ほうらい)町から最も近く、当日の観測データが残っている浜松測候所、9時の気象データは、気圧1017.0hPa。気温27.1℃。湿度75%。南西の風。風速2.3m/s。雲量10-。


左) 本長篠駅は急行停車駅で、先に到着する165系の急行「伊那2号」11:33発飯田行。右の駅舎側の線路が豊橋鉄道田口線跡。

中) 本長篠駅に到着して急行と交換する旧型国電11:32発豊橋行。夏休みが始まり町内会等の行事なのかホームは親子連れで超満員。3扉車で窓の配置から定員120静トヨ クモハ54と思われる。おそらく先頭車両を避けて、2両目以降に乗って豊橋に向かった。

2日目のキャンプ地は何処だったのか、微かな記憶と記念写真に写った周囲の状況から、Web情報を参照しつつ50年前を思い起こしてみた。

豊橋鉄道田口線の鳳来寺駅舎を見たのと、鳳来寺山自然科学博物館に行ったのは覚えている。近辺のキャンプ場を検索すると、当時は未開設の山びこの丘、鳳来の森、鳳来湖キャンプ場、他が結構出てくるが、伝説の強化合宿の聖地「鳳来寺山ろく青少年旅行村」の情報が見つかった。

右左上) 本長篠駅前での記念写真の背後の鳳来町観光案内には、自然科学博物館、鳳来寺バス停、民宿村が描かれている。この民宿村に相当するのが同旅行村と思われ、調査を続けると、ここの可能性が高まった。

右左中) 右中上) 切り株が残るキャンプ場内にて。テントは設置済みで区画には番号札あり。右左下) 明るさを相当暗い目に調整すると、背後の樹木の向こうに管理棟らしき、赤い屋根の建物が写っていた。

右右下) 国土地理院の空中写真CCB7716-C18-30 1977/9/20(昭52)足助を加工したもの、東西に走る通りが鳳来寺山表参道。右の青矢印が鳳来寺山自然科学博物館、下の緑矢印が鳳来寺駅舎。左の赤矢印が鳳来寺山ろく青少年旅行村、向きが何となく撮った写真と一致するように見える。

右右下) 本長篠駅前行の豊鉄バスを待つ玖老勢(くろぜ)バス停にて。キャンプ場からは1.7kmほど北にあり、何故そこまで行ったのかは全く覚えておらず。まさか田口線の廃線跡を歩いたとは考えられず。部活内容から察すると、目的は玖老勢の凝灰岩中の火山豆石だったか、は定かではない。

つづく。

 




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Re:データの収集
ひろさん コメントありがとうございます。
フィルムカメラにはタイムスタンプがありませんから(末期には光学的に日付を付けるのがありました)、ネットから、かき集めた情報を元に日時や場所を思い出しています。
その古い写真をみて昔は良かったなと思いつつ、同じ場所に撮りに行くと、何の変哲もない、いつもの場所で、こんな所でよく撮っていたなと思うことがままあります。

moni5187  (2026/08/26 8:48:21) [コメント削除]

データの収集
古い写真から各種データを集められて、想い出を再現。便利な時代になりましたね。
鳳来寺のように有名な場所でなければバス停などはすっかり忘れていますから。

ひろ  (2026/08/25 20:44:36) [コメント削除]

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