関西本線の名古屋から湊町間が、全線非電化だった半世紀ほど前。鉄道100年に始まり、湊町奈良間電化を控えて、空前のSLブームが巻き起こった。平成の時代も終わり、懐かしさを通りすぎ伝説の世界に入った、あの時代にタイムスリップする懐古鉄なブログです。
 
2026/07/10 19:22:01|電車列車
奥三河の旅4

1976(昭和51)年7月21日(水)

当日の(長野県)飯田測候所、15時の気象データは、気圧1013.1hPa。気温27.2度。湿度57%。南の風。風速4.1m/s。雲量10-。

1日目の目的地、愛知県設楽(したら)郡東栄(とうえい)町に向かう為、豊橋12:37発辰野行の飯田線の旧型国電に乗り、14:15頃東栄駅に到着。

東栄駅は、東栄町の街並みから10km程南の街外れにあり、駅前から豊鉄バスに乗り10分程で中心部の本郷に到着。愛知県の最東端の豊根(とよね)村に程近い御園(みその)に向かうべく、更に御園農協前行のバスに乗換えた。10km程北にあり所要時間は20分程。15時台には着いたはず。

中左) 国土地理院の空中写真 CCB20122X-C5-5浜松2012/12/07(平24)を加工した物。右下が東栄駅。右端が別所街道。上が本郷の街並み。

中中) 国土地理院の空中写真 CCB20122X-C3-2浜松2012/12/07(平24)を加工した物。左上が御園の街並み。下が本郷の街並みの北東部。

左) 御園バス停に到着する、豊鉄バス本郷発御園農協前行。翌日、御園農協前で折返す、本郷行を待つ際の撮影。リンクは最近のストリートビュー。

何故に、御園だったのかは、全く何も覚えておらず。Web情報をあたっていると、つい先日になって、ようやく事実らしきが判明してきた。現在は、東栄町森林体験交流センタースターフォーレスト御園、という宿泊型の天体望遠施設(公開天文台)が開設されている。が、

静かな天文ブームが始まった昭和40年代、都会の光害を避けて、標高が高く空気の澄んだこの地に、前身の東栄町御園天文科学センターが、御園バス停の北に1974年頃に開設。部活内容から察すると、誰かが天文ガイド等で情報を得て行く事になった。としか考えられず。30cm反射型望遠鏡を見て、満天の星空を天体観測した記憶が何となく蘇ってきた。

中右) 国土地理院の空中写真 CCB7716-C9-47足助1977/09/20(昭52)を加工した物。右隅の中央やや上が御園農協。左隅の中央やや下が御園バス停。中央が御園小学校。校庭の右上が新校舎。校庭の左が旧校舎を改装して天体観測ドームが設置された御園天文科学センター。リンクは最近のストリートビュー、奥にはスターフォーレスト御園のドーム。

御園天文科学センターの情報は、東栄町>町政情報>広報>広報とうえい>バックナンバー>1974年6月(NO.173) 1頁。全国科学博物館協議会>全科協ニュース>Vol.4(昭和49年/1974年発行)No.4の6頁。も参照。

右) 飯田線の旧国内で、昼の弁当を食べた様子やテントの様子など。

同センターは、宿泊設備が完備だった模様。何故に屋外にテントを張ったのだろう。夏場で夜は外の方が涼しかったとか、テント設営の訓練をしたとか、は謎のまま。この日、飯田線の旧型国電の撮影は車両内のみ。

次回に期待しつつ。つづく。

 




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Re:星空
ひろさん コメントありがとうございます。
飯田線は、駅間が短く頻繁に駅に停まるので、ボロい旧型国電ではなく最新型の急行で、と行く際には思いました。御園で星空を見たのを余り覚えていないのは、満天の星空に天の川が見えた当地と似た印象だったからかもです。夏休みに見えるペルセウス座流星群は、今は「1時間にいくつ」見えるかだそうで、奥三河に行けば、今も「1分間にいくつ」見えるかになる筈です。それだけ光害が、当地を含め全国的に進んでしまったのは残念に思います。

moni5187  (2026/07/11 15:37:54) [コメント削除]

星空
こんにちは。
あの時代、あの場所の星空はどんなにきれいだった事かと想像しています。今でも、多分・・・美しいと思いますが。若い頃の仲間たちとの想い出が重なれば一層輝いて、気持ちまで若返る気がしますね。
私の時代の飯田線はトンネルが多くて窓の開閉が大変でした・・・

ひろ  (2026/07/11 13:15:19) [コメント削除]

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