関西本線の名古屋から湊町間が、全線非電化だった半世紀ほど前。鉄道100年に始まり、湊町奈良間電化を控えて、空前のSLブームが巻き起こった。平成の時代も終わり、懐かしさを通りすぎ伝説の世界に入った、あの時代にタイムスリップする懐古鉄なブログです。
 
2026/10/11 10:47:00|電車列車
奥三河の旅10

1976(昭和51)年7月23日(金)

国鉄(現JR)豊橋駅で、3番のりばのパノラマカー名鉄7500系を撮った直後、7番のりば13:00発の、東海道本線下り快速米原行に乗り帰路についた。

右) よほど見晴らしが良かったのか、米原行車内から三河湾を撮ってあった。右隅が渥美半島の田原町(現 田原市)の衣笠山、その左が蔵王山と思われる。中央向こうは水平線の様に見えるが、やや左に建物らしきが写っているのは、渥美半島の豊橋市と田原町の境界あたり。三河大塚駅を通過して東海道新幹線をオーバークロスして星越山トンネルに入る手前で、非冷房ゆえに開け放した窓越しの撮影。

左) 次々コマでは、退避中のマンモス電機EH10牽引の貨物列車らしきを撮ってあった。スキャン後、どこの駅だろうと思いつつ数年が経過してしまい。豊橋駅から名古屋駅まで下りが退避可能で0キロポストがある駅、をグーグルマップの3Dビュウ等で探したが、中々見つけられず。

現在は、高架化や橋上駅舎化された駅でも、当時は地平駅だったかも知れず、国土地理院の過去の空中写真から、ようやく岡崎駅だと判明。

中) 左が国土地理院の空中写真CCB7717-C7-41岡崎1977/09/18(昭52)を加工した物。中が左を拡大した物で、撮影地点と推定されるのが中心。右がCCB20153-C5-2幸田2015/04/30(平27)を加工した物。いずれも上が南で東京(豊橋)方、下が北で神戸(名古屋)方。岡崎駅と駅界隈は、国鉄時代から大きな変貌を遂げていた。

左) は、米原行が岡崎駅を13:25に発車した際に、撮ったようだ。中央下が下りホームの職員通路へのスロープと花壇。空中写真には、小さめの跨線橋と下(北側)の踏切の真ん中辺りに、職員通路と花壇らしきが写っている。中央やや右下の線路脇の0キロポストは、この年4/26に岡崎〜新豊田間が旅客開業した、国鉄岡多線(現 愛知環状鉄道線)用だと思われる。

つづく。

 




     コメント一覧
[ 1 - 20 件 / 2 件中 ]

Re:EH10
ぽっぽちゃん様コメントありがとうございます。
実は、懐かし系の鉄ファンの方が、ほぼ同時期に職員通路越しにECを撮られた写真を公開されてまして、決め手にさせていただきました。いつものごとくです。

moni5187  (2026/10/11 18:02:45) [コメント削除]

EH10
黒い車体のマンモス電機EH10を撮られたですね

それも、国土地理院の写真から岡崎駅とわかったとは驚きです!

ぽっぽちゃん  (2026/10/11 15:26:07) [コメント削除]

[ 1 - 20 件 / 2 件中 ]

     コメントする
タイトル*:
コメント*:
名前*:
MailAddress:
URL:
削除キー:
コメントを削除する時に必要になります
※「*」は必須入力です。