今年2026(令和8)年は、1926(大正15)年の伊賀線電化から まる100年。
伊賀軌道が、大正浪漫(ロマン)華やかしき1916(大正5)年の開業から、10年後の1926(大正15)年、伊賀上野〜名張(後の西名張)間、26.3kmを全線電化できたのは、何故なのか調べてみた。
写真は1977(昭和52)年。野間川橋梁を渡るモニ5183+モニ5185の伊賀神戸行。51年前の電化時に新製投入された車両である。
電化には、電力の源となる発電所が必要なわけで、伊賀電気鉄道の社長は、田中善助(後の上野町長)という偉人で、伊賀の電気王とも呼ばれ、この方の尽力によるらしい。が、何処の発電所から丸山変電所に電力線を引いて電化できたのか、の史料はネット上では見つけられず。
1922(大正11)年に、津電灯・松阪電気・伊勢電気鉄道の合併で三重合同電気が設立され、田中善助の巌倉水電・比奈知川水電は、次いで合併したらしい。伊賀線電化の4年前なので、水力発電所と関係はありそうだ。
しかし、電化済みの伊賀線が高速走行している様子もなく、キハ120の方が高速走行のもよう。関西本線(やま線区間)電化の最大のメリットは、加茂での系統分離が解消されて、全線非電化の頃のように、乗換えと連絡待ちなしで、奈良や大阪(天王寺、湊町)まで行ける、に尽きると思う。
そして、大阪駅発の伊賀路快速が、亀山(柘植)まで221系が6両で毎時3本走るのを夢見たいところである。現在、キハ120が最大2両で朝夕は毎時2本(最多3本)走っているが、(6両x3本)/(2両x2本)=18/4=4.5倍。車両長比の20m/16m=1.25倍も考慮すると、輸送密度が2023年度の942人/日の、4.5x1.25=5.625倍の5,298.75人/日になれば、実現可能な話。これぐらいの輸送密度になれば、電化されている線区は結構あるし。
伊賀市の人口は、2025年11月末で83,451人。つまり、この5.625倍の人口になれば、必然的に伊賀線が複線化され、関西本線(やま線区間)も電化されて複線化される筈。その為には、大都市への通勤通学に依存しない形で自力で、(83,451x5.625=469,411.875)の50万人都市を目指せば、と思い2026新年の初記事とした。