関西本線の名古屋から湊町間が、全線非電化だった半世紀ほど前。鉄道100年に始まり、湊町奈良間電化を控えて、空前のSLブームが巻き起こった。平成の時代も終わり、懐かしさを通りすぎ伝説の世界に入った、あの時代にタイムスリップする懐古鉄なブログです。
 
2026/02/09 19:36:07|貨物列車
黄昏の伊賀上野駅

1973(昭和48)年6月上旬

夕刻の伊賀上野駅」のD51831荷物列車の発車後に、撮ってあった2コマ。この頃からDD51とD51の協調運転が始まっていた。

6月上旬の日の入りは19時過ぎで、まだまだ撮れると粘って黄昏(たそがれ)の中で撮った模様。SLダイヤ情報によれば、竜華(操)始発(奈良までDL)の、伊賀上野20:02発、亀山(操)21:21着の貨1294レのようだ。

伊賀上野の着時刻は記載されていないが、島ケ原発が18:42であることから、19:00前には着のはず。上り「かすが4号」が19:06に3番のりばから発車の後、4番のりばから出て、伊奈製陶(現 INAX)のほぼ専用線だった、5番線との間の入換中を捕らえたと思われる。

明度を調整してスキャンの後、細かいスクラッチノイズを手作業で取ったりしたが、この辺が精一杯。

富士フィルムの「ネオパンSS」のネガは、ASA100の為か白い部分が多い。買ったのは、伊賀上野駅の電話ボックスの向こうの待合室内にあった、鉄道弘済会売店だったと記憶している。

 





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Re:貴重な
コメントありがとうございます。
実は、朝方と夜間にSL貨物が走っていたのは、全く覚えておらずです。夕方の上り荷物の発車を撮った後に時間を潰すとしたら、駅前書店さんくらいしか無かったかと思います。
数年後、クイズ列車出発進行が始まる前、奈良18半すぎ発の上りは、キハ35系6両編成で発車時には立ち客が大勢いて、伊賀上野までほぼ満席でした。今から思うと、夢のような6両編成の後ろ寄りに乗っていると、上野市行への乗り換えが忙しくなり、前寄りに集まったからそう見えたのかもです。ある日、交換する下り「かすが5号(1978年改正前の3号)」のグリーンに、職員さんと思しき方が一人だけ乗っていたのを覚えています。

moni5187  (2026/02/11 12:47:00) [コメント削除]

貴重な
SL末期の伊賀上野駅の記録を拝見させていただきありがとうございます。
架線と架線柱も残っていますが伊賀線貨物も終焉間近というところでしょうか。
この頃には間に合いませんでしたが、後年、この時間に塾に行くふりをして、ここでこの貨物列車の入換を見たことがあります。1時間も居れば、名古屋行き急行もグリーン連結の奈良行き急行かすが3号も見れ、ある意味ゴールデンタイムだった気がします。

伊賀鉄道部管理人  (2026/02/11 7:06:13) [コメント削除]

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