ショート・ショート 食料自給率ゼロ%の島 1/2話
「隊長、いよいよ作戦開始ですね」
海底深く沈む巨大な潜水司令艇の中で、若い隊員が緊張した面持ちで画面を見つめていた。モニターに映し出されているのは、青く輝く列島だ。
「ああ。ついにこの時が来た」
隊長は重々しくうなずいた。彼らの目標は、弾薬を1発も使うことなく、この島国を完全に屈服させることだ。現代における究極の「兵糧攻め」作戦である。
「ターゲットの脆弱性は完璧に分析済みです」
隊員は手元の端末を操作しながら、得意げにデータを読み上げた。
「食料自給率は極めて低く、主要なエネルギー資源に至ってはほぼ100%を輸入に頼っています。さらに労働力すら海外からの人材依存が進んでいます。自給できるものなど、何ひとつありません」
「ふむ。完璧な条件だな」
「ええ。作戦は極めてシンプルです。彼らの周りを取り囲む海を封鎖し、運搬船をすべて停止させる。ミサイルも兵士も要りません。補給港と海底ケーブル、そして海上ルートを軽く圧迫するだけで、この国は数週間のうちに自滅します」
さらに隊員は画面を切り替え、別のシミュレーション結果を表示させた。
「しかも現在、この国は近いうちに超巨大地震が発生する確率が極めて高い状態です。我々が手を下さずとも、自然災害による混乱が追い打ちをかけるでしょう。食料はなく、電気も途絶え、内部から崩壊するのは火を見るより明らかです。まさに世界的にも前代未聞の無防備な国家……勝負は決まりました」
隊長は満足そうに口元を緩め、通信機を手にした。
「よし、全艦に告ぐ。作戦を開始せよ。すべての補給ルートを遮断するのだ」
ボタンが押された。 潜水艇から特殊な妨害波が放たれ、この島国へ向かう大型輸送船のエンジンが一斉に停止した。航空機のルートも封鎖され、送電や通信を支えるインフラも完璧にジャミングされた。
1日目、国内の物流がピタリと止まった。 2日目、輸入に頼っていた燃料の供給がストップした。
「よし、効果が出始めているぞ」 隊長と隊員は、モニター越しに混乱する様子を高らかに笑いながら観察していた。
そして3日目。 作戦の成功を確信していたその時、突如として潜水艇全体が激しく揺れた。
グラグラグラグラッ!
「な、なんだ!? 何が起きた!?」
隊長は手すりにしがみつきながら叫んだ。警報音が鳴り響き、赤ランプが激しく点滅する。
「報告します! 海底断層で、想定を超える超巨大地震が発生しました!」
隊員が悲鳴のような声を上げた。海中を巨大な衝撃波が襲い、潜水艇の推進システムと通信機器が壊滅的な打撃を受けたのだ。
「ええい、すぐにエンジンを復旧させろ! 一旦、母国へ撤退するんだ!」
「駄目です! 推進力が完全にダウンしました! 操舵不能です!」
潜水艇は海底の電流に巻き込まれ、そのまま浅瀬へと打ち上げられてしまった。自力での航行も、母国への救助要請も不可能。生命維持装置のバッテリー残量を示すメーターが、急速に減っていく。
「くそっ……! 酸素と非常食の残量はあとどれくらいだ!?」
隊長が焦り狂って尋ねると、隊員は絶望的な顔で計算機を叩いた。
「わ、我が軍の補給船も、我々が張った封鎖網のせいで近づけません……! 残された食料と水は、あと3日分です!」
「何だと……!?」
自らが仕掛けた完璧な封鎖網のせいで、自分たちへの救援物資すら届かなくなってしまったのだ。
「隊長……このままでは我々が餓死します! 背に腹は代えられません、艦を捨ててあの島に上陸し、食料を奪いましょう!」
ふたりは命からがら壊れたハッチを開け、この島国の海岸へと這い上がった。
見渡す限りの被災地。建物は崩れ、インフラは完全に途絶している。彼らが狙い通り「極限状態」に追い込んだはずの光景がそこにあった。
「ハハハ……見たか! 予想通りだ! 電気も物流もない! これで奴らは飢えて力尽きているはずだ!」
隊長と隊員は、民家の焼け跡から食料を奪おうと、フラフラになりながら町の中へと走り込んだ。
しかし、そこで彼らが目にしたのは、思いもよらない光景だった。
避難所に指定された公園には、整然と並ぶ人々がいた。 電気もガスも届かない中、人々は倒木を集めて薪にし、大きな鍋で何かを煮込んでいた。近所の農家が持ち寄った野菜や、家庭で備蓄されていた米、庭で育てていた芋が惜しげもなく投入され、温かいスープが作られている。
「さあ、みんな温かいものを食べてね」 「ありがとうございます。これ、うちにあった缶詰です、使ってください」
混乱や暴動などどこにもなかった。 輸入が止まろうが、インフラが崩壊しようが、この国の人々は「巨大地震と補給断絶」という最悪の事態を何十年も前から想定し、訓練し、助け合う術を体に染み込ませていたのだ。自給率ゼロの国が生み出したのは、どんな絶望的状況でも分け合い、生き延びる圧倒的な「防災と助け合いの技術」だった。
「おや、見かけない顔ですね。あなたたちも被災者ですか?」
炊き出しを配っていたおばさんが、空腹で倒れそうな隊長と隊員に気づき、優しく声をかけてきた。そして、湯気の立つお椀を差し出した。
「ほら、遠慮しないで。温かいうちに召し上がれ」
「あ……あ……」
あんなに恐れていた「兵糧攻め」のまっただ中で、最も腹を空かせ、最も途方に暮れ、最も惨めに食料を恵んでもらっていたのは、攻め込んだはずの自分たちの方だった。
隊長は差し出された温かいスープを受け取り、震える手で一口すすった。
「……おいしいです……」
隊長は泣きながら、自国で待つ上官への遺言を心の中で呟いた。
(報告します。この国を兵糧攻めで滅ぼすことは不可能です。……なぜなら、彼らは追い詰められると、敵にまでご飯を分け与えてしまうのですから)