ショート・ショート 優しいスープの温もり
人間って、どうしてこんなに欲張りなんでしょうね。
お腹がいっぱいになれば、今度はもっと美味しいものが食べたい。 素敵な服を着たら、次はもっと自分を輝かせてくれる靴が欲しい。 雨風をしのげる家があるのに、もっと広くて日当たりの良い部屋を夢見てしまう。
気がつけば、髪にも白いものが混じる年齢になって、世間からは「晩年」なんて呼ばれるようになっても、私の欲張りは止まりませんでした。 「長生きの秘訣」なんていう見出しを雑誌で見ければ、すぐにサプリメントを試したり、毎朝のウォーキングを始めたり。とにかく、まだまだこの世界にしがみついていたい、もっともっと生きたいと、終わりのない欲望の渦の中でバタバタと泳いでいたのです。
けれど、神様はときどき、そんな私たちの背中をポンと叩いて、立ち止まらせることがあるみたいです。
突然の大きな病気。そして、静かに告げられた「余命」という言葉。 その瞬間、私の頭の中で、あれほど激しく渦巻いていた欲望の波が、嘘のようにサーッと引いていきました。あんなに欲しがっていた未来が、急にちっぽけな砂の城のように思えて、私はただ、ぽつんと自分の足元を見つめることしかできなくなったのです。
そんなある日の夕暮れ、私はなんとなく、街の小さなラーメン屋さんの暖簾をくぐりました。 頼んだのは、なんの飾り気もない普通の醤油ラーメン。
湯気の向こう側で、ふと考え込んでしまいました。 「私のこれまでの人生で、一体どれだけの人と出会ってきたんだろう」って。
学校の友達、仕事の仲間、旅の途中で「すみません、駅はどちらですか?」と道を尋ねた見知らぬ人。すれ違いざまに肩が触れ合って「あ、ごめんなさい」と言い交わしただけの人。 そんな一瞬の関わりまで全部集めて、一生懸命に数え上げてみても、せいぜい十万人くらいのものかもしれません。地球の上に溢れる何十億という人々の中から見れば、それはほんの、ほんの一握りの、奇跡みたいな確率の出会いです。
そう思ったとき、私のすぐ隣の席に、一人の小さなおじいさんが座りました。
おじいさんは、運ばれてきたチャーシュー麺を嬉しそうに見つめてから、私の方をチラッと見て、いたずらっぽく笑ったのです。 「ここのスープはね、世界一優しい味がするんだよ」
「ええ、本当に……温かいですね」
私は少し驚きながらも、そう答えて微笑み返しました。 時間にして、わずか数秒。交わした言葉も、たったそれだけ。
でもね、その瞬間に、私の胸の奥がじんわりと熱くなったのです。
余命を告げられた私の人生の、その限られた十万人というカットの中に、この隣のおじいさんが今、カチッと音を立ててはまった。それは、なんて愛おしくて、なんて贅沢なことなのでしょう。
もっと生きたい、もっと欲しいと、終わりのない未来ばかりを追いかけていた時は、こんな足元のきらめきに気づきもしませんでした。 でも、終わりが見えたからこそ、今この瞬間に、私の隣で美味しいスープをすすっているおじいさんとの出会いが、まるでダイヤモンドの粒のように輝いて見えるのです。
人は誰でも、いつかは旅を終える旅人です。 でも、その旅路の終着点がどこであれ、私たちのポケットには、これまで出会った人たちとの「愛おしい瞬間」が、いっぱいに詰まっています。
私は残された時間を、悲しむために使うのをやめました。 だって、明日出会うかもしれない「十万分の一」の誰かと、また優しい言葉を交わすことができるかもしれないから。
最後の一滴までスープを飲み干すと、身体の芯からぽかぽかと温かい元気が湧いてくるのがわかりました。 「ごちそうさま。美味しかったです」 店を出る私の足取りは、不思議なほどに軽やかでした。