不易庵

気儘な旅を楽しもう
 
2019/03/18 21:11:00|その他
21回目の「雪解」の集い
3月17日は、文豪横光利一の生誕121年目となり、氏が故郷とする「伊賀」での小説「雪解」を冠した集いが毎年開かれている。
今年もハイトピア伊賀で例年通り、大勢の横光フアンが参集したが、昨年に続きビブリオバトルと称する書評合戦があり、高校生を主とする若者参加が頼もしかった。事実彼らの口から、横光文学の好みの題材を簡潔な表現力での書評には感動した。現代では兎角難解な漢字ずくめの純文学書を、今風の手っ取り早い文言で読者を呼び込む力には感心した。改めて聞かされてみれば、難解なと思われていた横光文学の内容は、実は蜘蛛の巣から逃げた蠅の行方の人間模様や、ナポレオン皇帝のタムシって庶民感覚な漫画チックな短編や、歴史観から程遠いヒミコを囲む人間模様の話って、つい誘われて読みたくなるなー、上手くまとめている。現代っ子は軽薄なコミックや、軽妙な動画やSNS?依存時代だが、改めて日本語の深くて味わいのある言葉の純文学に着目して欲しいです。
続いて行われた掛野剛史先生から「新世紀の横光利一の魅力と可能性」についての講演で、その残された貴重な原稿の説明があったがその「推敲」の後が生々しい。表題と作者の文字の大きさの注釈や、書き替えや注釈の変更で読み取り難い反面、句読点や改行等の注釈が無いのも理解できがたかった。多分原稿締め切りに追われて、清書する間もなかったんだろうか。編集者の苦労が偲ばれる。
私事になるが、先年亡兄の出身校記事で、下宿していた中学時代からの学友からの追悼文が送られてきたのが手元に残されているが、文面によると凄く横光フアンだった様だ。亡兄は戦中に会社からフイリピンの鉱山会社に余儀なく赴任、その直後現地招集し戦死した。思い返せば戦地から故郷へ、今度は「横光利一」の本を送って欲しいとの便りがあったと聞き覚えている。たから、持ちなれない銃の引き金より、尊敬する横光の本を片手に無念の戦死を遂げたんだろうなー。今平和な時代に、同じ愛読者が目の前に居る利発で頼もしい若者の姿と重ね合わせて、改めて無念な時代に遭遇した亡兄の戦争の悲惨さにつくずく心が痛んだ。
(春たちて まだ九日の 野山かな 芭蕉句)
(左、会場、中、絵手紙グループによる大型蒔絵、右、亡兄への追悼文)





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