不易庵

気儘な旅を楽しもう
 
2017/06/22 15:07:00|その他
藤井四段「天王山」を制す
中学3年生で、棋界で堂々の新記録を成功したのは驚きだ。いか程の戦況かは、内容は素人には分からないが、兎も角謙虚な姿勢にはアッパレだ。
昨日は、後期高齢者7名が、無事山崎の「天王山」※1登頂に成功したのは、誠にささやかな我輩のニュースです。今年は幸い?空梅雨で、高温情報には留意しながらも、この日も好天に恵まれたのは、何よりだった。
JR長岡京に10時に集合し、タクシー2台に分乗し、先ずは「柳谷観音」に行く。1200年の歴史を持つ名刹で、眼病治癒の祈願所で「心で観じる」心眼の仏だそうな。折しも今は紫陽花の花盛りで、参詣者も多数だった。
そこからの連山の尾根伝いの登山が、この日のメインだったが、下界は32℃に及ぶ酷暑乍ら、森林地帯に入ると、涼風が何とも心地よい。この辺は、竹林が名所だそうで、この時節は衣替えの竹林の風情がさながら「竹林の七賢人ならぬ七健人」等と自負して歩く。
でも尾根筋は兎も角、急勾配の山道は辟易しながらも、登山の忍耐心だ。
下山地は所謂「天王山」の山崎城跡地で、ここは天正10年秀吉と光秀の山崎合戦の地で、当時伊賀城主「筒井順慶」の寝返り事件※2と、幕末の戦いで幕府側だった藤堂藩が突如として幕府に対し砲撃※3した場所が、同じ因縁のこの地だ。
山崎は古くから水陸交通の要所で勝負を決める「天下分け目」の場所だった。
筒井順慶の日和見主義と、藤堂高虎の主の7回替えの世渡り上手が、我が地に悪いイメージを与えられたが、これも忍法「先読み法?」の技だろうか。
この日終着のJR山崎迄、13000歩約9キロ3時間の行程也。
※1勝敗の分かれ目になる重要な時又は場所※2高見で戦況を見て勝者に付く、俗に裏切り者をこの戦跡地から「洞ヶ峠を決め込む」事の別称となる。※3鳥羽伏見の戦い
(南無ほとけ 草の台も 涼しかれ 芭蕉句)
(左、柳谷観音遠景、中、竹林、右、山崎城跡270米)
 
 





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