不易庵

気儘な旅を楽しもう
 
2017/04/27 16:40:00|その他
菅原道真公の御命日
先日、伊賀上野のハイトピア前広場で、珍しいイベントが有った。
観光施設の一翼として存在する「ダンジリ会館」に、普段展示されている三台の楼車が、春季交代するのだが、その日を今年は、ユネスコ世界遺産に登録されたお祝いの特別記念行事として、盛り上げようとの事だ。
主催者の挨拶後、同時に県内で世界遺産登録を得た、桑名と四日市の代表者の挨拶があり、先ず賑やかな七福神踊りの音頭に続き、鎮西八郎為朝の出立ちの鬨の発声で、一つハマ下駄の役行者や、鐘を背負ったヒョロツキ鬼や、子鬼連が続き、ダンジリの上では祇園囃子も本調子で、ミニ本祭版を身近に見られて楽しかった。
これは今年限定でなく「春のお披露目行事」にすると、観光客にも受けられるだろうし、いい催しだとおもう。
序で話だが、本番の秋祭りも、10月24日〜25日に拘らず、10月の週末に変更してもいいのではなかろうか?
ダンジリ町の友人によると、綱の引き人や楽を奏でる人集めにも苦労されている様だ。嘗ての三筋町は代表的な商家が軒を連ねていて、財を厭わぬ旦那衆のおもてなしだったが、今や空き家やシャッター街。教育をつけた若者は田舎を離れて、残された老人だけのシモタヤばかりになっている。せめて都会暮らしの子供達を帰省させたりして、祭りの喜びを継承する必要に迫られていると思う。
道真公崩御は旧暦2月25日で新暦3月25日だそうだが、今時の名士の命日も後日「お別れ会」とか流動的だし、神事の伝統を固守する意といえども、例えば皇室も永年続けた土葬が、火葬で二方一体の御陵に変革される様な時代になっている。
堺のダンジリ祭りを見学した折、その町の若者が、大半帰省して年に一度の「お祭り参加」が生き甲斐だと言っていた姿が目に焼き付いている。
お墓参りの帰郷だけでなく、年に一度は確実なカレンダー休日で「家族と故郷の祭りを楽しむ日」こそ平和で賑やかで、それこそきっと天に居まします道真公が、お喜びになられると思うんだがなー。
(家はみな 杖や白髪の 墓参り 芭蕉句)
(左、ハイトピアより俯瞰撮影、中、ヒョロツキ鬼、右、七福神)





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