不易庵

気儘な旅を楽しもう
 
2021/06/16 19:20:04|その他
安政伊賀上野地震の被害地図
この程伊賀上野城内で行われた表記の古地図による(盆野行輝氏)の講演を聴きにでかけた。当日は生憎降雨やコロナ禍の影響で参加者は少なかったが、嘉永7年6月15日(西暦1854)の出来事を実に綿密に数々の資料がよく残されてきた事に驚いた。
中でも圧巻は縦132cm 横191、5cm、に及ぶ大きな「伊州御城下破崖損所絵図」の伊賀上野城と城下街の被害図です。そこには被害状態が灰色、赤、白、水の4色に色別されていて一目瞭然の絵図です。中でも城内の被害状態は甚大で、城内の絵図は別刷りで克明に記されているが、大手門櫓、城内侍屋敷、等の建築物がほとんど倒壊破損し、がけ崩れ、地滑り、地割れに液状化の場所が白色の棒線で記されている。でも高層の高石垣が天端一部の損傷だったってこの程の熊本城に引けを取らないと思います。これらの詳細は後日(藤堂和泉守殿)から幕府に老中奉書で補修願いの資料となした。
城下街絵図も町別に記されているが、おそらく過去の水害跡地の西北地区や、あるいは之は私見だが池の名称のある所も嘗てはその沼地の軟弱さが影響したかも知れないと推察する。だが何よりそれらの町別の人口家族数から倒壊家屋数にいたる被害状態が実に克明に記述されている。併せて当時の庶民に体験記が実に美文な筆さばきでつずられ、今どきの号外の珍しい(瓦版)迄展示されている。
近年の東北大災害の記録も何度となく映像で驚愕の場面に、後の人たちに貴重な教訓として残され、それが生かされる事となろうが、そんな大昔に伊賀でも7M級の大地震があった事の教訓を、多くの人に知ってもらいたいです。現在年末まで上野城内で展示されるそうですが、より参加しやすい町内で盆野氏の講演の許で、一人でも多くの市民に見て頂きたいと切望します。そして何よりこれらの貴重な記録の大半を若い頃から、苦労して郷土の為に収集された(岡森明彦氏)の深い愛郷心に感謝したいです。有難う!
(月ぞしるべ こなたへ入せ 旅の宿 芭蕉句)
(左、城内今回展示物、中、案内板、最上階天井の昭和初期の名士の色紙)





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